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「これでいいだろ? 全部を連れていくのは無謀だぜ。あんま駄々捏ねてっと、アンタまで片付けなきゃいけなくなる。とっとと行きな」
「な、なにを、勝手なことを! ふざけるな!」
「アンタは黙ってろって。ちゃんと相手してやっから。――ほら、行った行った!」

 あなたは誰。そんなことも聞けなかった。
 今のラヴァリルの頭の中には、リースとミューラの一部を連れて逃げ出すことしかなかった。
 黒装束の男が何者であろうとどうでもいい。ラヴァリルにとって、少なくとも今は敵ではない。満身創痍になりながらも、ラヴァリルは必死でリースの身体を支え、足を引きずりながら学園の外を目指した。学園内はほぼもぬけの殻だ。ほとんどの者が平原で戦っている。
 現在学園に残っている者は、すなわちラヴァリルの敵だ。

「どいて……、退けぇっ!」

 部屋を出るときに拾い上げた銃を構え、迷うことなく撃鉄を鳴らす。この手がどれほど血で汚れても、抱えた命は必ず守らなければならなかった。
 もうこれ以上なにも失いたくない。ラヴァリルの胸ポケットの中には、ミューラとサリアの遺髪が眠っている。大好きな親友達と愛しい人を連れて、一刻も早くこの伏魔殿から逃げ出さなければならない。

「……ハー、ネット、おいて、いけ」
「絶対に嫌ぁっ!」

 見知った顔さえ撃った。尊敬していた教師の喉に短剣を投じた。
 苦手な魔術でさえ行使した。纏めきれない力が暴走し、爆発が生じて壁を砕く。
 粉塵の中に、ラヴァリルの嗚咽が響いていた。


+ + +



 闇が訪れる。
 恐れないで。怖がらないで。
 月は闇の中でこそ、輝くのだから。
 深き闇は、月の守護者。


+ + +



 ラヴァリルを見送った黒装束の男は、短剣の腹で肩を叩きながら小さく息を吐いた。その背後でロータルが顔を赤くさせたり青くさせたりと忙しなくしながら、震える声で護衛を呼ぶ。あっという間に隠し扉の向こうから用心棒の男達が出てきたが、男は動揺する気配もなかった。
 鬼灯色の瞳を面白そうに煌めかせ、鼻歌混じりに床を蹴り――そこから先は、ロータルの目では追えなかった。気がつけば先ほどとは違う場所に男が立っていて、腕自慢の男達が次々と倒れていったのである。ほんの一瞬で六人もの命を奪えるなど、普通ではない。
 ロータルはそこで初めて、この侵入者の恐ろしさを痛感したのである。

「お、お前っ、どこの者だ! なにが目的だ!? 金か、魔導具か!?」
「うーん、強いて言うなら金の方かな」

 黒装束の男は、けろりとしながら言ってみせる。

「ならば好きなだけくれてやる! いくらだ、いくら欲しい? 言ってみろ!」
「おっと。命乞いかい? しかし生憎と、アンタの命を貰い受けるのは俺じゃないんだ。――いるんだろ?」

 黒装束の男が軽い調子でどこともなく声をかけると、万全の警備体制を敷いていたはずの理事長室は瞬く間に不審者の集会場へと変貌した。窓から、天井から、果ては隠し扉の向こうから、顔を隠した不審な者達が押し寄せてくる。
 それらが皆一斉に武器を構えたのだから、ロータルの腰が砕けた。尻餅をついた拍子にべちゃりと手のひらが濡れる。もはや誰のものか分からぬ血溜まりだった。

「ば、馬鹿な! 私を殺せば、それはお前達にとって不利になる! そんなことも分からんのか、陛下は! 愚王を弑し、私につけ。そうすればお前達にはもっと報酬を、」
「おいおい、なにか勘違いしてやいないかい? 俺達はアスラナ王の手勢じゃないし、なにより俺とそいつらの主は別だ。狸の爺さん、よーく考えてみろよ。アンタが消される理由をな。ここんとこ、ちょいと調子に乗りすぎたんじゃないかい?」
「なんだと……? ま、まさか、プル、――ぐあっ!」

 ロータルが言い終える前に、新たに侵入してきた男の一人が動いた。その手元で糸のように細い針が光ったのを、黒装束の男は見逃さなかった。すぐに折れてしまいそうな針を頸椎に刺し、痕跡を残さず殺す手口は暗殺家業を担う人間なら誰もが知っている。
 ぐったりと前のめりに倒れたロータルを興味なさげに一瞥し、黒装束の男が笑った。

「思ったより優しいねぇ、アンタら。一撃で殺してやんのかい。それとも、俺に余計なことは聞かせたくなかったのか? ――まあまあ、そう睨むなって。同業者だろ?」

 殺気が渦巻く。ロータルは彼らを皆同じ集団だと考えていたようだが、それは違った。黒装束の男が言ったように、彼らは主を別とする者だった。たまたま対象が重なっただけだ。複数でやってきた男達の任務は、ロータルの暗殺及び証拠の回収だろう。だが、黒装束の男に与えられた任務は異なる。
 ロータルを殺さなければならないのは確かだったが、死んでしまいさえすれば誰が殺そうが関係ない。後始末さえすればいいだけの話だ。

「なんだよ、かかってこいよ。四対一だ、アンタ達の方が分があるだろ?」

 風が鳴く。刺客達が操った武器は、今まで数え切れぬほどの対象を屠ってきたはずだった。だが、彼らの誰もがその手になんの手ごたえも感じなかった。躱されたのだと思った次の瞬間には、彼らはもうすでにこの世に別れを告げていた。
 音もなく床に着地した黒装束の男が、短剣についた血を振り落す。背後で倒れる刺客達の顔の布当てを刃先で捲って、幼子が虫でも見るような様子で観察していた。
 やがて彼はロータルの執務机をあちこち弄り回し、引き出しの中に隠し棚を見つけてにんまりと笑み崩れた。無理やりこじ開け、中から書類の束を取り出して中身に目を通す。内容を一読した彼は、「そーれっ」と明るい声で書類を部屋中にばら撒いた。
 ひらひらと舞い落ちる白い紙が、血溜まりに落ちて赤く染まっていく。
 落ちていた拳銃を拾ってロータルの頭を撃ち抜くと、彼と刺客のちょうど間に投げ捨てた。

「ほい、任務完了。給料分の働きはしましたよっと」

 その台詞が消える頃には、部屋に生者はいなくなっていた。




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