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 シエラの隣に馬を寄せたヴィシャムが目の上に手で庇を作って丘の上から前線を眺め、軽く肩を竦めた。気障な仕草だが、整った外見のために妙に似合っている。
 前回の戦にも参加していたヴィシャムは、その実力を評価されて神の後継者の護衛の任を任されていた。遠方から魔物への攻撃もしろというのだから、上の命令はなかなか無茶だと彼は苦笑する。

「対人用の銃が増えたということですか」
「ああ。早いとこ“盾”を作らないと苦労するだろうが……。騎士さん方も、聖職者を守りながらとあれば自由には動けないだろうしな」



 ヴィシャムの言うとおり、まさに騎士達は苦戦を強いられていた。聖職者を増員したおかげで魔物による直接的な被害は減っているものの、聖職者を守りながらの戦闘は本来持つ王都騎士団の実力を完全に発揮できるものではない。
 疾風のように戦場を駆ける愛馬ニコラの手綱を握り、片手で剣を操るエルクディアの頬に返り血が飛ぶ。魔物も魔導師も構わず切り伏せた。転がる首をニコラが踏み砕く。飛んできた弓矢を叩き落とし、我こそ竜騎士だと大喝して相手の覇気を呑み込む。

「たかが人間が、俺達に勝てると思うな!」
「だったらお前はなんなんだ?」

 魔術を発動させようとした魔導師の男の腕を、エルクディアは擦れ違いざまの一線で馬上から舞い上がらせた。悲鳴が上がる。左肩から先が切り落とされた男は、血をしぶかせて平原をのたうつ。無意識にフェリクスのことが頭をよぎっていた。
 エルクディアはもうその男を見ようともせず、馬を進めた。その場に留まっていては的にしてくれと主張するようなものだ。弓よりも数は少ないが、それでも対人用の銃の数は侮れない。なにしろ、彼はその威力を身を持って知っていた。一刻も早く“盾”を作らねば、控えさせている三番隊と七番隊が突撃できない。
 捕らえた魔物を盾にするのは神官の役割だったが、魔物を生け捕りにすることはなかなか難しいらしい。
 対人用の銃は大きな脅威だった。あちこちから悲鳴が聞こえる。その中には魔導師のものも含まれていたが、銃弾に倒れた聖職者のものがほとんどだ。いくら腕に覚えのある騎士と言えど、どこからともなく飛んでくる銃弾を未然に防げるだけの者はそういない。

「<聖なる流れにたゆたう水よ、我が声に応え癒しをもたらせ! ――アクア・フロウ!>」

 早口の詠唱が聞こえたかと思えば、上空から雨が降り注いだ。エルクディア達にとってはただの雨でしかないが、その雫を受けた魔物が苦しげにもんどりうっている。
 軽く息を切らせながらエルクディアの横に並んだ小柄な男は、獣のように夕陽色の目を輝かせて牙を剥いた。

「なにチンタラやってんだ、殺さねぇように術使うのも面倒なんだぞ!」
「すまない、だがこれでは――、伏せろ!」
「ッ、クッソが! どこのどいつだ、名乗り出やがれ!!」

 エルクディアの言葉に凄まじい反射神経で反応したフォルクハルトが、間一髪のところで弾丸を躱した。ぼさぼさの銀髪を僅かに焼き切るに留めたそれに、フォルクハルトは殺気を剥き出しにして吠え立てる。
 ここまでくれば、悟るには十分だった。この銃弾は聖職者を主に狙っている。

「しゃらくせぇ! <聖爆を引き起こせ、アクア・プラッツェン!>」
「あたし達に法術は効かないよ」
「――ラヴァリル!」
「久しぶり、かな? えるくん、それからフォルトさんだっけ。あなたとは戦場でばっかり会うね」

 エルクディアの頸椎を噛み砕こうと大口を開けた魔物を吹き飛ばした水球が弾けたと思えば、その向こうから見慣れた姿が舞い降りてきた。だが、エルクディアはその姿を見て違和感を覚えた。自分の知るラヴァリルとは随分と雰囲気が違うように見えたのである。
 明るく宝石のように輝く瞳は今や暗く陰り、やつれた顔には生気がない。悲壮感が漂うその表情は、幾重もの鎖に絡め取られているかのようだった。

「降伏しろ、ラヴァリル。……シエラ様がそれをお望みだ」
「シエラ様? えるくん、いつからシエラのことそんな風に呼ぶようになったの?」
「お前には関係ない。シャイリーはどうした」
「……それこそ、えるくんには関係ないよ。それより、シエラは戦場(ここ)に来てるの?」
「ラヴァリル・ハーネット! 降伏しろ!」

 互いに馬上で剣先と銃口を向い合せ、生死が乱舞する舞台の中心で与えられた役に興ずる。
 エルクディアの一喝に、ラヴァリルは泣き腫らした目で笑った。

「――無理だよ」

 たおやかな指先が引き金を引く。破裂音と共に放たれた弾丸に反応したのは、エルクディアとニコラが同時だった。優秀な愛馬は主人の動きを的確に読み取り、その動きを忠実に手助けする。
 エルクディアにとって、ラヴァリルを斬り伏せることはさほど難しいことではない。だが、それはできなかった。今回の騒動の主犯格として捕らえることが求められるだろうし、なによりシエラが彼女達の生存を望んでいる。
 多少傷つけてでも生け捕りにしてみせると誓ったエルクディアの剣が、擦れ違いざまにラヴァリルの脇腹を掠める。

「もう遅いんだよ、えるくん。あたしはもう、二度とあなた達の隣を歩けない」
「だとしても、俺にはお前を捕らえる義務がある」
「……案外物分かりが悪いね。それはできない。あたしは、シエラを――」

 ラヴァリルがなにを言おうとしたのか、エルクディアは最後まで聞きとることができなかった。それは近くにいたフォルクハルトも同じだっただろう。
 突如、それまでとは比べ物にならない爆音が戦場を轟いた。落雷よりも苛烈で、嵐よりも激しいそれは、目を疑うような深紅の炎を纏って丘の上から濁流のように押し寄せてくる。敵味方共に焦って炎から逃げようとしたが、迫りくる炎の方がずっと足が速かった。
 アスラナでも随一の速さを誇るエルクディアとその愛馬ニコラでさえ、炎の猛襲からは逃れることはできなかった。あっという間に自分達の背丈の二倍はある炎の波に呑まれ、全身を炙られる。


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