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「……蒼の姫君」
「なんだ?」
「本来、この戦には私が出るべきなのだろう。しかし、それはできない。神の後継者たる君の力を借りなければならなくなった」
「ああ、分かっている。そう言っただろう。先日呼び出されたときからそんなことだろうとは思っていた。……今更気にするな。使いたいように使えばいい」

 道具とされることをなによりも疎んでいたシエラが自らそんなことを言うのが信じられなかった。最も驚いたのが、その口調が自棄でも皮肉で言っているようにも聞こえなかったからだ。
 肘をついて頭を支え、優雅に足を組んだシエラがユーリに軽く微笑む。

「私は神の後継者なんだろう? 生憎、私には自分の使い方がよく分からない。なら、少しでもそれを理解している奴の意見を聞こうと思っただけだ」
「なにかあったのかい」
「なぜそんなことを聞く? 別になにもない。――それよりユーリ、ルチアを説得してくれ。あれが自分も行くと言って聞かないんだ。だが、ルチアを戦場に送ったとなればレンツォが黙っていないぞ」
「……ああ、そうだね、その通りだ。なんとしてでも、リラの小姫にはここに留まってもらうとしよう」
「テュールも、ルチアと一緒にいてくれ。……そんな顔をしても駄目だ。お前、ここのところ体調が悪いんだろう」

 肩に乗せたテュールを抱き、シエラは拗ねるような声を上げる小竜に言い聞かせるように言った。ぺたりと尾を垂れさせて項垂れる姿は伝説の竜とはほど遠いような姿だが、神の後継者に従順な様子を見る限りは時渡りの竜で間違いないのだろう。
 シエラの腕から離れてユーリの元まで飛んできたテュールは、竜らしからぬ溜息を吐いてユーリの膝の上で丸くなった。

「頼んだぞ、ユーリ」

 シエラが微笑む。慈愛に満ちた笑みだった。頑是ない子どもに大人が向けるような、そんな類の笑みだった。言葉を失うユーリの前で、シエラがすっと立ち上がる。それまで彫像のように気配を殺して控えていたバスィールが、その流れるような美しい動きに従った。
 背後に長躯の男を携えて、シエラはその場を立ち去ろうとした。向かう場所は聞かずとも分かっていた。それはユーリが今し方命じたことだからだ。
 得体の知れない不気味さを感じながら、青年王は言うべき言葉を捻り出した。

「こちらこそ頼んだよ。――気をつけて」
「ああ。せいぜい派手に役割を果たしてやるさ」

 人を見る目は悪くないと自負している。観察眼もそれなりに持っていると、ユーリはそう思っていた。だが、今のシエラを見て、なにが変わったのかを言い当てることはできなかった。なにかが変わったのに、それがなにかは分からない。
 原因は火を見るよりも明らかだ。だからこそ、寒気がした。氷の洞窟に閉じ込められたかのような居心地の悪さを感じて、ユーリも足早に退室した。
 ――その日、大華五国の歴史上おそらく初めてであろう、対人の戦に神の後継者が出陣した。


+ + +



「にしても、驚いたな。ユーリが結婚か」
「これだけの騒動です。聖職者に対する悪評を覆すためにも、国を挙げての慶事が必要だと判断なさったのかもしれません」

 難しい顔をして零すライナに、シエラはきょとんと首を傾げた。

「好きで結婚するわけじゃないのか?」
「さあ、それはなんとも……。王妃様のことをわたしは存じ上げませんから。ですが、立場ある人の結婚というものは、多くが恋愛関係で結ばれるものではありません。国王となればなおのこと。今回の発表は、士気を上げるためとも考えられます」

 そう言うライナも立場ある人間の一人だったので、気持ちのない結婚に対して不思議がる様子はない。そういうものかと納得し、シエラはぴりぴりとした空気を放つ自陣を眺めた。
 王都騎士団からは三番隊トーラス、七番隊ヴァーゴウ、そして隊長を欠いた十番隊アスクレピオスが参加している。中でも殺気立っているのが十番隊の騎士達で、今にも馬を駆って魔導師側の陣営に突き進みそうな形相だった。
 参加した聖職者の数も前回とは比較にならないほどだが、彼らは皆、神妙な顔で馬に跨っていた。それでも、出立前に比べれば幾分かマシな顔色だ。なにしろアスラナ城の門をくぐる前の聖職者達は、ほとんどが口々に不満を訴えていたのだ。
 それを宥めたのが、ユーリの演説だった。アスラナ王として見事な言葉を操り士気を高め、燻る不安を沸き立つ闘志に変えて平原へと送り出したのである。そのときに発表された結婚の話も、兵士達の心を大いに鼓舞することとなった。未来の王妃が待っているのだから、必ずや勝利を捧げようというのだ。

「ライナはここに来てよかったのか?」
「貴方が来るのに、どうしてわたしが留守番をしていられるんですか? それに、聖職者が参加しなければならない戦いでしょう、これは」

 白く染め抜いた皮の胴衣を鎧代わりに纏い、ライナは馬上で悪戯っぽく笑った。風に吹かれる銀の髪は細かく編み込み、邪魔にならないように纏めてある。剥き出しの耳に揺れるホーリーブルーが目に入ったとき、シエラは疼く胸を軽く押さえようとした。触れた冷たい感触にはっとして、ああそうだったと思い出して苦笑する。
 シエラの胸は、白銀の甲冑で覆われていた。水の流れを模した意匠に花が咲く彫り物がされたそれは、見た目に反して驚くほど軽い。胸だけではなく、肩や腕、足を覆っているが、それでもあまり動きにくいとは思わない。
 この美しい甲冑は本来、七番隊ヴァーゴウの隊長が式典時に身に着けるものだった。着の身着のままで戦場に出るわけにはいかず、かといって重い鎧を着けたのでは身動きもままならないということで、シエラはこの甲冑を借りることになったのである。式典用ゆえに防御力よりも見た目を重視したものだが、どうせシエラの周囲は熟練の兵士達が取り囲む。この程度で十分だと、シエラはそう考えていた。

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