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 手足が汚れるのも構わずにラヴァリルは床に縋りつくようにして、転がった首を抱き締めて哀哭した。喉が破れるほどに泣き叫び、彼女の名を呼び続けた。

「サリア、サリアっ、サリアぁ! なんでっ、なんでぇ!? ちゃんと言われた通りにしたじゃない! なのに、なんで!」

 真夏の緑のように深く色づいた髪が好きだった。意志の強そうな、濃い灰色の瞳が好きだった。男の子のような喋り方で、呆れたようにラヴァリルを叱るサリアが大好きだった。
 世話焼きで、文句を言いながらも常にラヴァリルの傍で支えてくれていた。「馬鹿リル、いい加減にしろって言ってんだろ!」あの声が、もう、聞こえない。
 隊長格を殺さなければ親友の命がないと言われたのは、出陣前のことだ。だから撃った。十番隊の隊長がどんな人物だったかは知っている。アスラナ城にいた間に大まかな人間関係は把握していた。彼がエルクディアと親しいことも、若い医官見習いに慕われていることも、その医官見習いが優しい女性であることも知っていた。
 その上で撃ったのだ。加減などするつもりはなかった。そんなことをすれば、大切な親友が殺される。ラヴァリルにとって、フェリクスの命よりもサリアの命の方がずっと大事だった。だから、撃ったのに。殺すつもりで、引き金を引いたのに。

「サリアがっ、サリアがなにをしたって言うの!? なんでこんなっ、なんでよぉ!!」
「なぜ? それをお前が問うのか? いかにも、スキナーはなにもしていない。“それ”にはなんの罪もない。悪いのはお前だ、ハーネット。お前が私の言うことを聞かなかった。だから、お前の大切な友人は死んだのだ」
「返して……サリアを、サリアを返して!」

 とめどなく溢れる涙が顎先から零れ落ち、血で染まったサリアの頬を洗い流していく。もう笑いかけてはくれない頭を片手で抱え、ラヴァリルはロータルに向かって銃口を向けた。手に馴染んだ拳銃の中には、対人用の弾丸が込められている。
 用心棒達が殺気立ってロータルを背に庇ったが、彼は微塵も動揺した様子などなく、むしろからからと大きく笑ってみせた。

「ほう、抗うか。可哀想に、またお前のせいで一人死ぬ」
「……まさか」
「そら、呼んでやれ。この馬鹿には少々現実を見せてやらねばならんらしい」

 隠し扉の奥に二人の男が消え、そして三人になって戻ってきた。逞しい男の腕に引きずられるようにして現れた親友の姿に、ラヴァリルは言葉を失った。眩暈がして、その場に倒れそうだった。いっそ本当に気を失ってしまえたらどれほどよかっただろう。そして目が覚めたときには、魘されていたラヴァリルをサリアとミューラの二人が心配そうに覗き込んでいるのだ。すべては悪い夢だった。そう思えたら、どれほど幸せだっただろう。
 全身を縛られ、疲弊しきった様子のミューラが腕を掴まれて項垂れている。男の一人が、その人形のような顔を無理やり上げさせた。

「り、る……」
「みゅ、ら……、ミューラぁ! 大丈夫!? ねえ、ミューラ、どうして、ミューラ!!」
「りる、逃げ、――ああっ!」
「ミューラ! いや、やめて、やめてよ!」

 膝裏を乱暴に蹴られ、仰け反りながら跪いたミューラが痛みに喘ぐ。そんな様子を平然と見つめる男達が信じられなかった。
 腕を組んで微笑むロータルに、ラヴァリルは涙ながらに懇願した。

「ねえ、お願い、もう十分でしょう!? ちゃんと言うこと聞くから! 二度と逆らわない、約束する! だから、ミューラを離して!!」
「それはできん。お前はすぐに飼い主に牙を剥き、他の者に尻尾を振る。――愛しい馬鹿犬よ。しかし言うことを聞くというのなら、そうさな、次の戦で神の後継者の首を取ってこい」
「そんな、シエラが戦に参加するわけない!」
「なれば城に忍び込めばいいことだ。ついでに王の首も土産につけてくれればよいのだがな。――まあしかし、十中八九、あの娘は戦場に現れるだろうよ」

 あれほど派手に魔物を投入して戦ったのだ。聖職者不足で敗北に追い込まれた国王軍側は、必ず聖職者を増員するだろう。だが、ただでさえも対人戦に乗り気ではない聖職者達だ。そこに加えて王都騎士団の精鋭が“戦の素人”に負けたという事実が重なっては、自ら進んで参加したがるはずもない。
 しかしそれでは国王軍は勝てはしない。ただの人間では魔物には敵わない。だからこそ、聖職者がもてはやされるのだから。
 だとすればアスラナ王が選ぶ道はただ一つ。この世でただ一人の神の後継者を戦場に引っ張り出すしかない。蒼の奇跡が血濡れの戦場に立ち、これは神の戦だと道を照らしさえすれば、聖職者達は出ざるを得ない。彼らは“神のおぼしめし”に逆らえない愚かな生き物だ。
 戦に慣れていない聖職者が、ひいては神の後継者が参戦するとなれば、士気の低下した王都騎士団の兵士達も鼓舞されるだろう。十番隊隊長の仇を打つと躍起になってかかってくるに違いない。
 ロータルは朗々とそう語り、「ゆえに、」と手を打った。

「お前は神の後継者を殺せ。あれさえ始末すれば、聖職者など地を這う蟻も同然。アスラナ王は責任を問われ、聖職者の地位は地に落ちる。――分かっておろう。此度の目的は、剣しか扱えぬ野蛮人を減らすことではない」

 この男は人を人とも思わぬのだと、ラヴァリルはそのとき初めて気がついた。
 瞬きをするだけで涙が零れていく。サリアの首を抱いたまま、浅い呼吸を繰り返して頭痛に耐えていた。
 歪んだ視界に暗闇が訪れるたび、銀や蒼の輝きが瞬いていく。よみがえったのは、必ず救い出すと誓ったシエラの声だ。ぶっきらぼうでそっけない、お世辞にもかわいいとは言い難い物言いをする少女は、それでいて優しい。不器用な優しさを傍で見てきて、微笑ましさと同時にむず痒さを覚えていた。
 誰よりも綺麗な髪を持つあの子が、戦場に立つのか。蒼い髪を血で染め、魔導師を殺せと声を張るのか。
 ――どこで道を間違えたのか、もう分からない。

「さあ行け、ハーネット。もう友人を失いたくはないだろう?」



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