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「ルチアが毒にくわしいのは、たくさんころしてきたからだよ。生まれたときから毒をつくれるバケモノだったけど、どんな毒がどんなこーかを持ってるのか、それがどんなふうにしたらおくすりになるのか、ルチアはちゃんとおべんきょしたよ。でもぜんぶ、ころすためだった。正直に言おっか。ルチアはね、別にいま、フェリクスがしんじゃっても困んないよ。やろうと思えばすぐにでもころせるよ。あなたのことだって」

 今し方栓をしたばかりの小瓶を振って、ルチアは「これもほんとは毒かもね」と笑う。誰が見てもそれは幼い子どもの笑みではなく、幾度も死線を潜り抜けてきた玄人の表情だった。
 彼女の言うとおり、その気になれば動けないフェリクスなど容易く殺してみせるのだろう。それはサイラスやソランジュが相手でも例外ではない。

「……でもね、フェリクスがしんじゃったら、シエラがかなしむの。シエラは、きっとたすけてほしいってゆーの。だからルチア、おくすりつくってるんだよ。ルチアはころすことと、気持ちイイことしかできないよ。だって、ころすために生まれてきたバケモノだもん。でもソランジュは、たすけるためにおべんきょしてるんじゃないの?」
「それは……」
「なのにどうして、なんにもしないの?」
「しないわけじゃない! 私だってなにかしたいけどっ、でも、私の力じゃなにもっ……!」
「それってシエラもいっしょじゃないの? なんでシエラだけ、あんなふうにゆわれるの?」
「だってあの人は、神の後継者だもの……!」
「それじゃあ、ソランジュだって医官でしょう。びょーきしたり、けがしたりしてる人を助けるのはソランジュのしごとだよ。なんでなんにもしないの?」
「っ……」

 不思議なことに、ソランジュを追いつめるルチアの眼差しはすっかり子どものそれに戻っていた。どうしてなんでと素直に疑問をぶつける子どもの目だ。だがそれは、大人の冷徹な眼差しよりも遥かに深く心に突き刺さっていく。
 理不尽なことを言っているのはソランジュで、正論を述べているのがルチアだ。初めからソランジュに勝ち目はない。小さな子ども相手にムキになるなど、普段のソランジュならありえないことだったろう。状況が彼女をさらに追い詰めていく。
 震える背中が痛々しい。いつもこの背中は、羽でも生えているかのような軽やかさでフェリクスのあとを追いかけていく。顔に浮かぶのははにかんだような微笑みで、赤く染まるのは目ではなく頬のはずだ。
 そんなソランジュを見ていると、サイラスの中でぐつりと怒りが湧き上がってくる。ソランジュに対してでも、ルチアに対してでもない。ましてや、シエラに対してでも。
 己の瞳がどんどんと熱を失っていくのを感じながら、サイラスは唇を尖らせるルチアが最後の鉄槌を振り下ろすのを黙って見守っていた。

「ルチア、シエラのこといじめる人、だいっきらい」

 ――優しい子犬をここまで傷つけた古狸を、生かしておくわけにはいかない。


+ + +



 学園内に戻ってきたミューラは治療を受け、全身の汚れを落としてから、ふと違和感に気がついた。こんなとき真っ先に駆けつけてきそうなラヴァリルの姿がなかったのである。彼女は軍隊でいう隊長のような役割を担っていたから、ミューラになど構っている暇はないのかもしれない。僅かな寂しさを感じながらそう納得したものの、今度はサリアの姿も見ていないことを思い出して首を傾げた。
 サリアはミューラ達と違い、後方支援部隊に組み込まれていたはずだ。だとすればとっくに学園に戻っているだろうと踏んでいたのだが、顔を見せに来る様子はない。
 医者にはしばらく安静にしているようにと言われたが、ミューラはそれを大人しく聞き入れるような殊勝な性格でもなかった。左肩の調子は万全とは言い難いが、それでも堂々と寝台(ベッド)を抜け出して夜の学園内を闊歩し始めた。誰もが身体を休めることに専念しているのか、廊下に人の姿は少ない。
 ラヴァリルとサリアがいそうな場所はすべて当たってみた。当然部屋も訪ねたが、見事に留守中だった。日頃二人が行かないような図書室にまで足を延ばしたが、どこもすべて外れだ。さすがに息が切れてきた頃、急に背後から声をかけられてミューラは小さく悲鳴を上げた。

「誰か探してるノ?」

 疲労が溜まっているうえに気もそぞろになっていたとはいえ、ここまで接近されておいて声をかけられるまで気配を感じなかったとは情けない。ミューラは自分を恥じつつ、優しい眼差しで見下ろしてくる男に軽く頭を下げた。
 見かけない顔だが、理事長はこの戦のためにアスラナ各地の優秀な魔導師達を呼び戻している。この男もそのうちの一人だろう。雰囲気からして、別の魔導師学園の教員だろうか。

「ええ。友人――ラヴァリル・ハーネットと、サリア・スキナーを探しています。ご存じありませんか?」
「うーん、俺は見てないヨ。前線に残ってるトカ?」
「いいえ、戻っているはずなんですが……。もしかしたら部屋に戻っているかもしれないから、もう一度訪ねてみます。ありがとうございました」
「どういたしましテ。見つかるといいネ」

 ひらひらと手を振る男と別れ、ミューラは談話室に顔を出した。爆ぜる暖炉の前に何人かが残っており、ミューラを見るなり心配げに声をかけてくる。
 怪我は大丈夫か、恋人と殺し合ったって本当か。矢継ぎ早に繰り出される質問に笑顔で答えながらラヴァリル達について尋ねようとしたとき、あとからやって来た一人がミューラを見て安堵の息を吐いた。

「なんだ、ここにいたのか! もう、勝手に医務室を抜け出すなんて」
「ごめんなさい、もう大丈夫だと思ったから、つい。私を探していたの?」
「ああ、理事長がお呼びだ。至急理事長室へ来るようにって」
「あら……」

 勝手をやったことが知れたのだろうか。苦い顔をしたのは一瞬で、ミューラはすぐにいつものように微笑んだ。

「分かったわ。わざわざありがとう。探し回らせてごめんなさいね。――みんな、おやすみ」
「ああ、おやすみ、ミューラ」
「またね」



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