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「私はね、確かに酷いことを言ったかもしれない。けれど、それを悔やんだことはないんだよ。いくら親しい友だろうと、引くべき線は明確にしなければならない。……ただ、キミに不幸になってほしいわけではないんだ」

 王ではなく友人としてエルクディアを縛り、友人ではなく王としてシエラを誘導した。そのことが彼らを隔てたとしても、為さねばならぬことだった。
 二人の間に、名づけるのも躊躇われるような尊い結びつきが見え始めたのは、いつの頃からだったか。いつの間にか互いを結んでいたその糸は、細く、美しく、――儚かった。
 言葉が見つからないのか、それとも口を聞きたくないのか、エルクディアは沈黙を守ったままだ。ならばと、ユーリは王都騎士団長に問いかけた。

「フェリクスの容体は?」
「未だに意識が戻らない。左腕の切断箇所からの感染症も心配されてる。――だけど、あいつは死なない。絶対に」
「ああ、そうだとも。そうでなければ困るよ。……そうだエルク、キミには一つ、先に聞いてほしいことがあるんだけれどね」
「なんだ?」

 口を開くのがこれほど大変なことだと、ユーリは初めて知った。どこかぼんやりとした目を見ながら話すことに躊躇いを覚えたが、黙っていても仕方がない。できるだけ無駄な時間は減らすべきだ。

「この問題が解決したら、私は身を固めようと思う」
「……は?」

 今この状況でする話ではない気もしたが、今でなければ他に時間も取れないだろう。突然聞かせるよりは、先に耳に入れておいてほしかった。
 その感覚が友人としての思いか、王としての配慮かは自分でも分からない。

「この国にも王妃が必要だ。魔導師とのことが片付けば、結婚式を挙げるよ」
「この時期にか!? 相手は?」
「相手はクレシャナという、今この城に滞在している娘だ。どこの家の者というわけでもない。この時期にと言うが、エルク、この時期だからこそだよ」
「まさか、お前……」
「慶事だよ。アスラナ王の結婚式となれば、世界中から客人が来る。アスラナ全土の貴族はもちろん、大華五国の要人がこの国に訪れるだろう。ベスティアやプルーアスの王族さえもだ」

 アスラナとベスティアの仲は良いとは言えないが、現在は交戦中ではなく、表向きは平和な関係を築いている。同盟国ではないものの、停戦協定は結ばれている。海を挟んでいるため、国境付近での諍いも目立たない。せいぜいがリンベーグ海でアスラナの船が国籍不明の海賊船に襲われる程度だ。
 アスラナが王の結婚式に際し、周辺国の王族や貴族に招待状を出すのは当然のことであるし、また、招かれた彼らが列席するのも当然のことである。外交においてこれほど貴重な機会は数少ない。
 苦笑交じりに微笑めば、エルクディアの眉が寄った。

「彼らがどんな反応をしてくれるか、実に楽しみだよ」
「お前、それ、相手の子はどう思っているんだ。まるで政治の道具みたいな、」
「なにを言っているんだい、エルク。国王は――そして王妃となる者は、もともと政治の道具だよ」

 このアスラナは他国とは毛色が異なり、世襲制ではないにせよ、それでも国王の結婚が政治的意味を持つことには変わりない。ユーリはやがて、子を残すことを求められるだろう。その子どもが次期王となるのか、それとも新たに最高祓魔師が現れ、王冠を譲り渡すのかは分からない。
 新しくアスラナを背負う人物の姿を、そしてこの大国の未来を見定めに、各国から要人が集まるはずだ。そこでしか聞けぬ話も山とあるだろう。ベスティアやプルーアスの動向を探るにはもってこいだ。

「……お前は自分を、道具だって言うのか」
「言っただろう。私も所詮は道具でしかないと。……とはいえ、私は私でやりたいことがあるからね。役割から逸脱しない程度には自由にさせてもらうつもりだよ」

 それがシエラやエルクディアを縛り、引き裂くことになろうとも。
 平民の出であるユーリが玉座で王冠を被っていられるのは、この髪が銀に輝くおかげだ。この国が最高祓魔師を王とするという特別な慣習の国でなければ、この立場はどう逆立ちしてもあり得ないことだった。
 だからこそ、此度の魔導師達との諍いに敗れるわけにはいかない。
 苦い顔をするエルクディアが退室し、その背中を見送ってからユーリも自室へと戻った。着替えを手伝おうとする侍女達を返し、一人になった部屋で寝台(ベッド)に横たわる。
 そういえば、エルクディアには言っていなかった。どうして自分がアスラナ国王を望んだのかという、その理由を。思えば誰にも言ったことがない。先王には問われたが、結局はぐらかして答えなかった。
 王ともなれば、様々な特権を得られる。あらゆることが思いのままだ。
 ――平民であれば叶ったであろうささやかな望み一つ、手が届かないのだとしても。

「まったく……。国王になんて、進んでなるものでもなかったかもしれないね」

 腕で目元を覆い、そんな風に嘆く姿をかつての自分が見れば、間違いなく縊り殺されていたに違いない。


+ + +



 その気配に先に気がついたのは、隣で寝ていたルチアだった。
 ルチアはいつの間にかシエラの寝台(ベッド)に潜り込み、腹に腕を回して抱き着くように眠っていたのだ。こういうことはたびたびあったので、シエラも「ああ、またか」と大して驚きはなかった。
 身体を起こしたルチアに構わずもう一眠りしようとしていたシエラの耳を、焦りを物語る足音と激しいノック音が貫いた。驚きに眠気が吹き飛んだときには、もうすでにルチアはベッドから降りて身構えている。

「シエラ様、夜分遅くに失礼いたします! そちらにルチア様はおられますでしょうか!」
「ルチアはここだよ。どうしたの」

 シエラの許可など取るはずもなく、ルチアは寝室の扉を開け放って使いの者を迎え入れた。侍女はぜえぜえと息を殺しながらルチアの前に膝をつき、今にも枯れそうな声で叫ぶように言った。


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