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 サリアが最も得意とするのは接近戦だ。手に鉄の爪を填め、速さと膂力を生かして敵を狩る。
 今回の相手は、アスラナが誇る王都騎士団の騎士達だ。相手が対人戦の玄人(プロ)であるのに対し、こちらは軍ではないため、ほとんどの者が対人の戦など経験したことがないに等しい。圧倒的に数も違うのだから、どう考えても魔導師側が不利だ。
 ゆえに、理事長は接近戦を禁じた。まともに剣を合わせたところで勝てるわけがない。可能な限り直接斬り合わず、距離を置いたまま戦う。攻撃範囲の広い武器を得意とする者が前線に配置され、そうでない者は後方に回るのが自然だった。当初サリアが前線に配置されていたのは、その戦闘能力の高さゆえだ。接近戦に持ち込むより他にないサリアの戦闘スタイルを考えれば、彼女を下げるのは理にかなっている。
 ラヴァリルの様子がおかしいのは感じていたが、その場の空気が変わったことを肌で感じてミューラは口を噤んだ。はっとしてラヴァリルが馬に跨る。互いの健闘を祈り合い、ラヴァリルは最前線へと馬を進めた。
 リヴァース学園において、ラヴァリルは理事長の懐刀とも呼ばれる存在だった。ひらりひらりと飛び回る姿は蝶のように軽やかで、容赦なく放たれる弾丸は正確に相手を射抜く。それこそ、蜂の針のように。
 ミューラの知る限り、自分達の中で対人戦に最も慣れているのがラヴァリルだ。彼女は魔術こそ苦手としているが、戦闘能力は他の魔導師の群を抜いている。なにしろ、彼女は“そういう訓練”を受けていた。
 護衛に囲まれたリースの傍らに馬を寄せ、弱々しく微笑むラヴァリルの横顔がちらりと見えた。ここからではリースの表情までは見えない。
 リースが、首に提げた鈍色の笛を口に咥えた。それがすべての合図だった。
 ミューラは与えられた白馬にしっかりと跨り、愛用の鞭を握って平原の向こうに立ち並ぶ男達を見た。掲げられた御旗を見るに、あれは王都騎士団の中でも、時に遊撃部隊と称される十番隊のアスクレピオスだろう。ちらほらと銀色の頭が混じっているということは、聖職者もいるらしい。あの中に、“彼”はいるのだろうか。

「――歩兵部隊、前へ!」

 ラヴァリルの声が高らかに響く。こちらが歩兵部隊――部隊とは名ばかりで、実際は兵士でもなんでもないのだが――を進ませたのをきっかけに、王都騎士団側も同じく徒歩(かち)の者を進ませた。だが、お決まりの方法で素人が勝てるはずもない。
 にやりと笑ったのは誰だったか。息を飲んだのは誰だったか。魔導師側の陣営にも緊張が走る。
 そしてそのとき、笛の音が響いた。

「ほんっと、いつの間にこんなのを用意していたんだか。――行くわよ、みんな!」

 ミューラは自分が班長を務める班員を連れ、馬を走らせた。笛の音を聞き、どこからともなく醜悪な獣が飛び出してくる。反射的に叩き伏せそうになるが、魔物は魔導師達を無視して一直線に進んでいく。
 圧倒的に足りない兵の数を埋めるのが、この魔物だ。理事長はどうやってか、魔物を操ることのできる魔導具を開発した。最初は魔物をそこに留めおくしかできなかったが、今や笛の音で自在に操れるほどになっている。操り手は限られているらしく、その担当がリースだった。他にも何人かが同様の笛を咥えているが、敵を錯乱させるための偽物だ。今のリースは灰色の髪を茶色く染め、色つきの眼鏡をかけて素顔を隠している。
 魔物に混じって、ラヴァリルが戦場を駆けていくのが見えた。土煙に紛れ、その姿はすぐに見えなくなる。響く銃声が、彼女の存在をなによりも雄弁に語った。

「ビツェ・タウブ・ヘイツ!」

 雷撃が地面を抉り、駆けてきた十番隊の馬を足止めする。ひゅっと振り下ろした鞭が馬の鼻先を掠めたのか、一頭がその場で棹立ちになった。剣が煌めく。間合いに入られてはこちらが不利なのは承知の上だ。十分に距離を取りさえすれば、あとは魔物が片付けてくれる。
 普段は敵として屠る魔物に頼ることになるなど、今日この日まで想像もしていなかった。

「くっ、う、あああっ!」
「怯むな、行けぇええええ!!」
「おおおおおおっ!!」

 飛びかかってきた魔物に喉を食いつかれ、一人の騎士が落馬した。仲間の一人が凄惨な死を遂げても、彼らはまったく怯まない。さすがはアスラナの精鋭だと内心舌を巻きながら、ミューラは立て続けに魔術を発動し、彼らとの距離を取った。
 近づいてきた者には鞭を据える。僅かでも隙が生まれれば、周りの誰かが相手を貫き、あるいは魔物がその命を食らう。全力で戦うことではなく、いかに生き残るかが重要だった。
 いくら魔物が味方しようと、相手は何度も戦場を経験した騎士達だ。あっという間に距離を詰められ、味方の何人かが切り伏せられるのをミューラは見た。そのたびに馬を走らせ、逃げるように距離を取る。時には背後から鞭を振るい、馬上から引き摺り落として魔物の餌にした。それでも一向に数が減らない。
 そればかりか、時折聞こえてくる神言が最強の味方を狩っていく。

「人相手って、慣れないわね……!」
「だったら降参したらどうだ? <――聖なる雷よ、神に代わりて鉄槌を下せ!>」

 低く通る声が背後を駆けたその瞬間、ミューラを守るように近くにいた魔物が強烈な雷に打たれて燃え尽きた。断末魔を上げて聖灰を散らす様に驚いている暇などない。慌てて馬首を返し体勢を整えた先にいたのは、見慣れた銀髪と藍色の瞳だった。
 記憶にある服装とは違い、その男は他の兵士同様に甲冑を身に着けている。とはいえ、全身を覆う鎧ではなく、肩と脛、腹を守る程度の軽装備だ。
 その胸に揺れるロザリオは、ミューラが忠誠を誓った理事長が最も嫌悪するものの象徴だった。


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