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「なあ、ジア。お前は、私を置いていかないでくれ」

 ユーリは国王だ。信頼できる臣下はもちろん、親友としてのエルクディアがいる。エルクディアには数多の友人がおり、家族がいる。ライナにはシルディが、ルチアにはレンツォが。ラヴァリルはリースでなければ嫌だと言うだろうし、ソランジュだってフェリクスを支えとしているだろう。
 なら、シエラにだって誰かいてもいいはずだ。常に傍らに寄り添い、助け合えるだけの人物を望んでもいいはずだ。村には帰れず、家族にも幼馴染にも会うことは叶わない。大切な人は、いつもシエラの脇を通り抜けていく。
 母には父がいた。父には母がいた。リアラにはカイがいて、カイにはリアラがいて、――シエラはいつも、一人だった。

「私は“姫神”だ。だから、なにがあっても離れるな」
「――オリヴィニスがシャガルの僧、バスィール・ソヘイル・ジア・マクトゥーム。真白き神と蒼き御霊に誓い、命ある限り貴女様の傍らにあることをお誓い申し上げます」


+ + +



 くちづけて。
 さあ、ほら、祝福を。

 貴女だけの、蒼い世界。
 いざなって。救って。

 浮かぶ月にくちづけを。
 星の瞬きにくちづけを。
 竜の嘆きに、くちづけを。


 貴女のくちづけは、光を灯す。


+ + +



 十番隊が撤退し、フェリクスが重傷を負って運び込まれた夜、アスラナ城の一角では緊迫した空気の中で軍議が開かれていた。国王を筆頭に、王都騎士団十三隊の隊長格の人間と、左右軍の将軍や隊長格、近隣諸侯達を交えた大会議だ。
 予想を遥かに超えた戦況に、誰しもが苦い顔をしている。戦場になど一度も立ったことのない卿が「戦の素人相手に後れを取るなど情けない」と零し、十番隊副隊長のフーゴが怒気を露わに声を荒げてからというもの、軍議というよりも怒鳴り合いの様相を呈してきている。
 国王の御前だと七番隊ヴァーゴウの隊長セフレーニア・アレンスが叱りつけ、やっと軍議の場らしい静寂が戻ってきた。額に血管を浮き上がらせていた男達は揃って青年王に非礼を述べたが、どちらも納得のいった様子は見られない。

「そもそも、対人用の銃を持った相手を前に、十番隊のみで向かわせたのが問題ではなかったのですか。王都騎士団長の采配に不備があったのではありませんか」
「エルクディアは七番隊も出そうとしていたが、私が止めたんだよ。皆も言っていただろう。相手は戦の素人だと。そんなものを相手に王都騎士団の精鋭を多く出せば、まるで大熊が蟻を踏み潰すようなものに見えるだろう。ただでさえ国民の意識は魔導師達に向いている。これ以上、向こうに手札を与えてやるわけにはいかなかったんだよ」

 アスラナ国民は特殊金属のことなど知らない。対人用の銃が存在していることすら知らないだろう。ましてや、魔導師側が魔物を操っていることも知るはずがない。その状況で国王軍が大軍を率いて向かえば、「弱い者いじめ」だと取られて魔導師側に同情が集まりかねない。
 アスラナ国王は最高祓魔師だ。それゆえに、聖職者に割くための莫大な予算が国には設けられている。だが、国は国民の支持なくては回らない。なぜ聖職者ばかりが優遇されているのかと魔導師が声を上げ、万が一にでも国民が賛同すれば、各地で暴動が起こるのは避けられない。ベスティアが虎視眈々とこの豊かな国土を狙っている今、内部で謀反など起こされてはひとたまりもないのだ。

「いくら魔物と銃が恐ろしかろうと、学園そのものを落とすことはさほど難しくはないと思います。なに、夜襲を仕掛ければよろしい。闇の中では銃も矢も効きません。魔物とて、倍以上の聖職者様方をお連れすれば脅威でもありますまい。今度こそ、一晩のうちに片付けてみせましょう。――ですがそうすると、国民は間違いなく我々を非難するでしょうな」

 顎髭を撫でながら言ったオーギュストに、ユーリは苦く頷いた。


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