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「私は彼女の言を直に聞いたわけではございません。ゆえ、真偽の判断は致しかねます。なれど、そこまでお話しておきながら偽を申す理由もないと、私は考えます」

 魔物を完全に操ることはできないと言って油断を誘う魂胆だとも疑えるが、そもそも魔物を用意できると知れた時点で対策を取られるのは目に見えている。十番隊とて、「ただいるだけなのなら」と油断したわけではなかった。操られようがそうでなかろうが、万全の対策を期して向かったのである。
 ラヴァリルは必死に助けを求めていた。リースを救いたいと言っていたあの目に、嘘があるとは思えない。あのときのラヴァリルの言葉が嘘ではなく、新たな魔導具を作ってそれを使用していたのだとしたら、一体リースはどれほどの憂き目に遭ったのだろう。別れてから数日後、月は満ちた。あの日、彼はどんな苦しみを味わったのだろう。
 目を閉じれば、暗がりの中に草原が浮かんだような気がした。風と共に血の臭いが舞う。

「なにが嘘で、なにが本当か、……正直、私にはもうどうでもいいんだ。そう言ったら、お前は軽蔑するか?」
「いいえ」

 国と国の戦いにも、聖職者と魔導師の戦いにも興味がない。ただ一つ望むことは、親しい者が誰も傷つくことなく笑い合える日常が戻ることだけだ。
 魔導師側が神の後継者を望み、それで戦が終わるというのなら、シエラは身を投げ出すこともやぶさかではないとさえ思い始めていた。――どうせそのくらいでしか、この身は役に立たない。

「ジア。……お前に、触れてもいいか」
「私に許可などお求めにならないでください。この身は神に捧げた身。青き夢を託されたそのときから、私の身も心も姫神様のものにございます。すべては姫神様の御心のままに」

 恐る恐るバスィールに手を伸ばし、シエラはその逞しい腕をそっと握った。極彩色の僧衣の下に隠された金褐色の身体は、並の兵士以上に鍛え上げられている。導かれるようにしてソファから腰が浮いていた。そのままするりと背に腕を回して抱き着いたが、バスィールは身じろぎ一つしない。
 熱い胸板がシエラを迎えた。肌蹴た僧衣の隙間から、美しい刺青が垣間見える。ふわりと甘く香ったのはなんだろうか。男の身体から夜に咲く花の匂いがするとは思いもしなかった。
 駄々を捏ねる子どものように目の前の身体にしがみついたまま、シエラはぐっと唇を噛み締めて言葉を飲んだ。温かい。逞しい身体の感触は似ているけれど、まったく違う。この手はシエラの頭を撫でようとはしないし、掻き抱こうともしない。一言命じれば、バスィールはその通りにするだろう。そこまで考えて、笑みが零れた。

「――お前は、私のものか」

 神に捧げた身だと言った口で、身も心もシエラのものだというバスィールの言葉を反芻する。ほとんど独り言のつもりで呟いたのだが、彼は表情一つ変えず、大真面目に頷いた。

「はい。私のすべては、姫神様のものにございます」
「なら、安心だ」

 少し背伸びをして、太い首に腕を回した。今まで誰にもこんなことはしたことがなかった。僅かに背を曲げて屈んだバスィールの頬に、そっと唇を寄せる。一度大きく目を瞠り、すぐさま目礼を返したバスィールの胸に再び頭を預けて、シエラは今度こそ目を閉じた。
 心音に意識を渡す。
 勝たなければこの戦いは終わらないとライナは言った。敗戦はありえない、ありえてはならないと。シエラには政も戦も分からない。医術の心得もなく、ただ黙って見ていることしかできない。――本当に? 胸の内で誰かが問う。その声に抗うのはとても難しく、急き立てられる不安が指先を震わせた。


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