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 答えは出ない。元よりそれができれば、今こんなことにはなっていなかったのだろう。すべての元凶はどこにあるのか。頭を抱えたシエラの耳元で、涼しげな音が鳴った。シャラ、シャラ、と音を立てているそれは、バスィールの持つ錫杖の遊環だ。
 その音を聞いているうちに、すっと頭が冴えていくような気がした。極彩色の衣に流れる白銀の髪、そして星の光のような不思議な紫銀の瞳。
 奇跡と呼ぶのなら、この男の方がよほど相応しい。触れるだけで心の内が読め、類稀な勘で未来すら見る。真偽を見抜く目は野生の獣以上だ。バスィールの方が、シエラよりもずっと神の子と呼ぶに値する。
 ユーリはすぐにでも次の軍団を魔導師に向けるだろう。そうなれば、エルクディアが戦場へ出る可能性もかなり高まってくる。今し方見てきた十番隊の様子を思い返し、シエラは痛む胸を押さえた。フェリクスは魔物に腕を食われ、弾丸を胸と足に受けたのだという。

「ライナ、すまない。少し外してくれないか」
「え?」
「ジアと二人で話したい。頼む」
「……分かりました。ですけれど、あまり気を張り詰め過ぎず、ゆっくりと休んでくださいね。バスィールさん、シエラをよろしくお願いいたします」
「承知した」

 ライナが退室すると、部屋は無人になったかのようにしんと静まり返った。小さな寝台で眠っているはずのテュールの姿もない。大方、ルチアにでもくっついているのだろう。そのルチアは今、薬師としてあちこちから引っ張りだこになっているはずだ。この状況下では、神の後継者よりも小さな子どもの方がよほど役に立つ。
 バスィールと向かい合っても、シエラはなかなか言葉を切り出せずにいた。言わなければならないと思っているのに、思うように声が出ない。それを汲んでか、彼の方が先に口火を切る。 

「姫神様は、なにかお悩みですか」
「……お前には、私の考えが分かるんだったな」
「そのご様子では、相手が私でなくとも伝わりましょう」

 それほどまでに酷い顔をしているらしい。無意識に鎖骨の辺りに手をやったが、服の下に揺れていた青い石はもうないのだとはたと気がついた。千切れた鎖はそのままに、ホーリーブルーはポケットに眠っている。

「魔物は、完全に操られていたらしい。……でもラヴァリルは、そんなことはできないと言っていた。リースの、――罪禍の聖人の血を使って生み出した魔導具では、せいぜいが少し大人しくさせる程度であって、飼い慣らすことはできないと」

 もうすぐ月が満ちるという頃、リヴァース学園のバルコニーでシエラははっきりとそう聞いた。だが、今回の一件とは話が異なっている。報告を聞くに、敵方の魔物はどう見ても統制が取れており、笛の音を聞いて行動していたという。
 魔物を人間が意のままに操ることなどできない。唯一それが可能なのは、罪禍の聖人くらいなものだ。だが、罪禍の聖人は己の血と引き換えに意思を注ぐのであって、笛の音など必要ない。

「ジア。お前は、ラヴァリルが嘘を吐いていたと思うか?」

 こんな話をライナの耳には入れたくなかった。彼女はラヴァリルやリースとの和解を望んでいる。これ以上懐疑を抱かせ、溝を深めるような行為はしたくない。
 かくいうシエラも、己の心が揺らいだからこそこうしてバスィールに問うたのだ。正直に言って、自信がなかった。駆け引きめいたことは苦手だ。人の心の裏を読むのも大の苦手だ。バスィールのように、触れるだけで心が分かればどれほど楽だろうかと心底思う。


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