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「なんとかなるはずでしょう!? だって、だってあの人は、奇跡の子じゃないの!?」

 聞こえてくる切なる叫びが、シエラを鋭い刃で切り裂いていく。このまま扉を開けてしまえば、きっとあっという間にこの身は千々に千切れてしまうだろう。
 神の後継者とは、なんなのか。奇跡を起こすと人は言うが、その奇跡とはなんなのか。人一人を助けられない力など、それは奇跡でもなんでもない。
 そんな風にシエラを責め立てる声が、やまない。
 震えるシエラの肩に、突然大きな手が触れた。消毒液の匂いを運んできたそれにはっとして見れば、山羊のような細面の男がこちらを見下ろしていた。

「これは、これは。通してくださいますかな、シエラさま。少々急いでおりますのでな」
「シクレッツァ! フェリクスは無事なのか!?」
「私(わたくし)が呼ばれたということは、今のところ息はありましょう。しかし、まあ、あの腕はもう使えぬでしょうな。今から落としてまいりますゆえ、シエラさまと神官どのはお下がりになっていた方がよろしいかと。あまり見ていて気持ちの良いものでもありますまい」
「本当にそうするしか道はないのですか? ウアリ隊長ほどの方であれば、」
「神官どの。あなた方にあの方の傷を治すだけの力があれば、なにも問題はないのですよ。しかし、もうそれは無理だときている。なればここで断ち切らねば、お命まで奪うことになります。お下がりを」

 シクレッツァが扉を開けた瞬間、ソランジュの悲鳴のような泣き声が聞こえてきた。扉はぴたりと閉められ、中の様子は見えない。それでも、声は届いた。どうすることもできずに立ち尽くすシエラの耳に、張り裂けんばかりの哀哭の叫びが突き刺さる。
 シエラの肩を支えるライナの手も小刻みに震えていた。寄りかかるには頼りない、華奢な手だ。それでも、支えがなければ立っていることもままならなかった。
 這うような速度で廊下を進み、やっとのことで自室に戻ったシエラは、バスィールの顔を見るなりその場に崩れ落ちた。今の今まで立って歩いていたことが不思議なくらい、足に力が入らない。それはライナも同じだったらしい。引きずられるようにして隣に尻餅をつき、瞳に涙を滲ませて唇を噛んでいた。

「姫神様、いかがなさいましたか。血の穢れにあてられたのでしょうか」
「――じゃない」

 声は掠れ、言葉にならない。

「けがれじゃ、ない! アイツのっ、アイツらの血が、穢れであるはずがない! 穢れてるのは、なにもできない私の、」
「姫神様、なりません。己を苛むお言葉はお控えください。――姫神様は青き光を纏う至上のお方。誰よりも清浄な気を持って生まれ、真白き神の息吹をその御身に抱く方にございます。姫神様は瞬き一つに至るまで清廉でございましょう。貴女様には、万に一つの穢れもございません」

 真摯な眼差しでバスィールは言い、きちんと許可を求めてからシエラの身体を支え起こして寝椅子(ソファ)に座らせた。ライナには触れず、彼の持つ錫杖に掴まらせることで立たせていた。
 耳にこびりついたソランジュの声が、戦の恐怖を突きつけてくる。親しい者を失うかもしれないという圧倒的な不安が滲んだ悲鳴は、今もなお胸を軋ませている。

「ライナ、この戦いはどうすれば終わる?」
「魔導師側が降伏しない限り、終わらないでしょう。……これは領土争いでも継承者争いでもありません。陛下は……、国王軍は、決して負けるわけにはいかない戦いなんです。この国の、ためには」
「話し合ってどうにかできないのか!? 自国の者同士で争うなんて馬鹿げているだろう!」


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