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「おねがい、どうか、どうかっ……!」
「おや、おや、騒がしいと思えば。アルオン、この方を見殺しになさるおつもりですかな?」
「なっ……」
「今腕を落とさねば、この方は死にまするぞ。いやはや、好意とは時に殺意に変わるものなのですなぁ」
「そんなわけないでしょう!? 私はっ、せんせいを、」

 いつの間にやらそこにいたシクレッツァが、袖を捲りながらフェリクスの状態を確認していた。その目がすっと細められ、言葉なく芳しくないのだと伝えてくる。
 やがて剣を取った彼は、あまりにも冷ややかな眼差しで泣きじゃくるソランジュを射抜いた。
 
「助けたいのだとすれば、そなたは即刻ここを去るべきです。救う覚悟のない者は不要。役立たずの居場所はありませんのでな」

 専用の剣に、消毒液がかけられる。シクレッツァは迷わなかった。振り上げた刃が、一瞬で腐りかけた腕を落とす。フェリクスは小さな呻き声を零しただけで、絶叫することもなく寝台に横たわっている。
 ごとり。落ちた腕が、血溜まりに沈む。その光景を、ソランジュは目を逸らすことなく見つめていた。瞼を閉じることもできなかった。
 丸太のように太い腕が、医務室の床に転がっている。拾い上げようとした医官よりも早く、ソランジュは床を這ってその左腕を抱き上げていた。血生臭さと腐臭が鼻を突く。もう動きはしない左腕を胸に抱き、迸る激情に任せて吠えた。耳がおかしくなりそうなほどの絶叫は次第に嗚咽へと変わり、聞こえてくる周囲の音が現実へと引き戻す。
 抱えた腕は、変わらず大きかった。けれどこの腕は、もう二度とソランジュの頭を撫でてはくれない。血に染まった硬い指先に唇を寄せ、その生臭さに涙した。
 泣き崩れるソランジュを立たせ、フェリクスの腕を回収したのは誰だったのか、もはや分からない。隅に置かれた甲冑同様、ソランジュは白い看護服を赤く染め上げ、フェリクスの残った右手をしっかりと握り締めた。
 手は尽くしたとシクレッツァが言う。あとはフェリクス次第だと。左腕を切断し、右大腿部と胸に銃弾を受けたこの状態で、一体どれほどもつのかは誰も分からない。
 ――約束をした。
 死なないと、そう言った。無事に帰ってきてくれなければ、これから誰を追いかければいいのか分からない。道を示してくれたのはこの人だった。これからもずっと、ソランジュの前に立ち、導いてくれるものだと思っていた。
 眦を滑る涙が、フェリクスの手を濡らす。

「お願い、先生、起きて……!」

 目が覚めたとき、貴方は嘆くでしょうか。大切なものを失くしたことを憂うでしょう。そのとき、どうか、私を支えにさせてください。どうか、どうか。
 息が詰まるくらいに、抱き締めて。
 ――死ぬだなんて、絶対に許さない。


+ + +



 フェリクス・ブラントが重傷を負い、やむなく十番隊が撤退したと聞いて、エルクディアは部屋を飛び出した。王都騎士団総隊長である彼には、フェリクスを見舞うよりも先にしなければならないことが山ほどあるのだろう。しばらくは様子を見に行けないはずだから代わりにと、青白い顔のライナに促され、シエラはフェリクスが運び込まれた一室を目指していた。
 血の臭いが濃い。薬や包帯を求める医官の声に混ざって、男達の苦しげな声が木霊している。中でも最も血の跡が酷い部屋の前に辿り着いたとき、扉を開けようとした手が凍りついたように動かなくなった。

「……そうだ、シエラ様を! シエラ様を呼んでください! あの人なら治せるでしょう!? あの人は、神の後継者だもの!」

 そんな声が聞こえ、足が動かなかった。隣に立つライナが気遣わしげに見つめているのが分かったが、それでも視線一つ動かすことができない。


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