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「女官、ですか……?」
「はい。陛下よりクレシャナ様付きの任を仰せ仕りました、フィーネと申します。なんなりとお申し付けくださいませ」
女官服の裾を丁寧に抓んで一礼したフィーネに、クレシャナは目を白黒させた。朝起きて、城内の騒がしさを訝しんでいた折のことだ。早起きは得意だと思っていたが、まだ頭が寝ているのかもしれない。
楚々とした佇まいのフィーネは、田舎育ちのクレシャナよりもずっと垢抜けており、女官というよりも貴族の令嬢と名乗った方が似合っていた。淡い橙色の髪を一つに結って垂らし、揃いの色の瞳は猫のように輝いている。
ただの客人である自分に専属の女官が宛がわれるなどどういうことかと訊ねたクレシャナに、フィーネはころころと笑って答えた。
「陛下にはまだ内密にと申しつけられましたが、クレシャナ様は次期王妃様とのこと。王妃様のお世話をさせていただくものがおりませんと、なにかと不便でございましょう」
「なっ! い、いいえ、わたくしは、そのような大それた身分などではっ」
「他ならぬ陛下がお望みなのです。クレシャナ様、どうぞご理解くださいまし」
「ですが、その……」
王妃。
国王と並んで国を象徴する存在だ。そんなものに自分が収まるとは到底信じられない。それに、王妃付きの女官ともなれば彼女はそれなりの身分の娘に違いない。本来ならばクレシャナよりもずっと高い身分の娘だ。年齢も十七、八で、クレシャナのような子どもに仕えるのは気が進まないに違いない。
俯くクレシャナの手をそっと握り、フィーネは柔らかく微笑んだ。心を安心させるようなその笑みに、じわりと涙が滲んでいく。
「クレシャナ様。陛下はとてもお優しい方です。なにもご心配はいりません。このフィーネが、誠心誠意ご奉仕させていただきますゆえ、ご安心くださいまし」
「フィーネさま……」
「ま。私に『様』などつけないでください。どうぞ、フィーネと」
そうは言われても呼び捨てにすることなどできないクレシャナに、フィーネは優しく笑って「では、フィーネさんにいたしましょう」と言って手を打ってくれた。頭を整理できずに涙ぐむクレシャナを励まし、慰め、フィーネはてきぱきと動いて敷布を取り換えていく。いくら自分でやると言っても彼女はまったく聞く耳を持たなかった。
こんなところをジルが見たら、なんと言うだろう。島では姫などと呼ばれているが、身の回りのことはすべて自分でやってきた。侍女の一人も持ったことがない。
「あ、あの、フィーネさん。なにゆえ、外が騒がしいのでしょう」
「ああ……。騎士団の方が帰城なさったのです。ですがクレシャナ様、どうか本日は二の郭からお出になりませんよう。……いいえ、もしご不快でなければ、お部屋におられた方がよろしいと思います」
「それはなぜですか?」
「陛下のご意向です。今のお城には、お怪我をなさった方もたくさんおられます。戦帰りの兵士は気が昂っておりますし、クレシャナ様の御身のためにも、どうかお聞き入れくださいまし」
あっという間に部屋の掃除を終えたフィーネは、空の花瓶を手に「どんなお花がお好きですか」と訊ねてきた。負傷兵がいると聞いて心配で窓の外を眺めていたクレシャナは、僅かに遅れて顔を上げる。
「あっ、ええと……、ララの花、は、無理にございますね。それでは、薔薇の花を」
「ララのお花でしたら、ご用意できますよ」
「えっ? え、あの、でも、ララですよ? 白くて小さな、海の中に咲く……」
「はい、存じ上げております。陛下の最もお好みになるお花ですもの。通常、このクラウディオでは咲くことのできないお花ですが、お城の庭に精霊を宿した海水の人工池を設け、栽培しております。お持ちいたしますので、少々お待ちください」