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 誰よりも立派な馬に跨り、誰よりも大きな剣を振るうその人の身体が、重ねられた銃声によって傾いでいく。走り続ける馬の背から、フェリクスの身体が投げ出される。喉が焼き切れんばかりにフーゴが叫んだ。誰もがそれを目撃し、咆哮を上げた。目の前に群がる獣を斬り捨て、行く手を阻む人間を貫き、放る。
 落馬したフェリクスの周りを、十番隊の中でも腕自慢の男達が数人で取り囲んだ。サイラスも素早く馬を下りてフェリクスを抱え上げようとしたが、体格差に加え、甲冑を纏ったフェリクスを一人で馬上まで持ち上げることは敵わない。

「たいちょ! 隊長! しっかりしろって、たいちょお! ――副隊長!」
「皆の者、撤退だ! 退け、退けぇええっ!!」
「サイラス、急げっ! 隊長、手を! 隊長っ!!」

 肩に回した右腕は、それだけで重い。左腕は見るだに無残な姿になっている。甲冑は裂け、帷子さえ破れ、どこが服か肉かすら分からぬほど赤く染まっている。滴る血が一瞬で血溜まりを生み、あまりの生臭さに馬が嘶く。だらりと垂れ下がったそれが繋がっているのかどうかすら分からない。それでも慎重に、サイラスと隊員はフェリクスを馬上に押し上げた。
 この状況になっても剣を離そうとしないフェリクスから無理やりもぎ取って手近の者に渡し、しっかと右腕を掴んで落とさぬよう気を配りながらサイラスは戦場を駆けた。馬が振動を与えるたび、背後の呼吸が荒くなる。意識はあるのか、それともないのか。呼びかけに応える様子はない。
 後方で爆音が生じた。すぐに誰かが「祓魔師の二人です!」と叫んで状況を報告してくる。どうやら戦い慣れているヴィシャムとフォルクハルト辺りが、派手な大技で魔物を阻んでくれたらしい。

「たいちょっ、アンタどーすんすか、マジで! ンな状態で帰ったら、あの子絶対泣きますよ!!」

 撤退は恥ではない。無駄死にする方が情けない。生きて再びの機会を狙え。誰もが尊崇するオーギュスト・バレーヌはそう言うが、少なくともサイラスが入隊して以来、十番隊では敗走など経験したことがなかった。怒涛の勢いで敵陣を掻き回し、風向きを味方につけて我が物顔で戦女神の腰を抱く、それが十番隊アスクレピオスだった。
 荒くれ者の集まりだ。騎士だなどというお綺麗な肩書きを纏っているのが不思議なくらい、粗雑で血気盛んな者が集まった。猪突猛進に突き進み道を開くがゆえに、負傷者の数も王都騎士団一だ。フェリクスが怪我を負ったことも過去何度もある。
 けれど、こんなことは一度もなかった。

「アンタ十番隊の隊長だろ!? しっかり目ぇ開けて、今すぐ笑え!!」

 背中が熱い。じわじわと濡れていくその感触がなんであるかなど知りたくもなかった。抱え起こしたそのとき、サイラスはフェリクスの胸に空いた穴を見た。そこから赤い液体が零れる様も、はっきりと。どれだけ血を流せば命が危うくなるか、戦士である以上理解している。
 背中を伝い、尻の方まで生温い感触が伝っていく。この分では、馬も丁寧に洗ってやらねば血の臭いがこびりついてしまうことだろう。
 握り込んだ右腕から、徐々に力が抜けていく。駄目だ、まだ逝かせない。この程度で倒れる男であるはずがない。だってそうだろう。十番隊がアスクレピオスの隊長は、誰よりも豪傑で嵐のような剣の使い手だ。腕の一本程度切り落とされたところで死ぬはずがないと、自分でそう言っていたこともあった。
 聞こえていた呼吸が浅くなっていく。寄りかかる重さが焦りを煽る。片手で手綱を握り締めたサイラスは、睨むように城を目指した。


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