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危惧していた対人用の銃は少なく、それだけが唯一の幸いと言えた。だが、銃弾は容赦なく肉を抉っていく。当たらずとも、その咆哮が馬を怯えさせ、足取りを鈍らせた。まともに斬り合えば相手になどならない敵を前に、こうも足止めを喰らっていることが歯がゆくてならない。
数少ない聖職者が唱える神言が、男達の怒号に掻き消されそうになっている。築かれた結界に大人しく収まっているような男は十番隊にはいない。馬と共に唸りながら一気に駆け出し、“統制された動きで向かってくる”魔物を蹴散らしながら魔導師達に剣を向けた。
だが、その剣先が魔導師の血で濡れるよりも先に、魔物の血でぬめっていく。
話には聞いていたが、魔物はおびき寄せられる程度のものではなかったのか。顔に飛んだ返り血を腕で乱暴に拭いながら、サイラスは鋭く舌を打った。普段はウニのようだと言われている髪も、今や汗と血に塗れてぐったりと垂れ下がっている。
甲高い笛の音が鳴り響いた。長く一回、短く二回。――まただ、とサイラスは剣の柄を握り直す。この音を合図に、ばらけていた魔物の群れは再び一つ所に集結し、こちらの大将であるフェリクスをめがけて突進してくる。
どこかに術者がいるはずだ。だが、探そうとすれば脇から魔物が食らいついてくる。魔物に気を取られれば銃弾や弓矢が襲い、無理な体勢でそれを避ければ今度は徒歩(かち)の魔導師が刃を閃かしてくる。
こんな様子を見せつけられては、完全に魔物は相手の意のままだと考えるより他にない。手懐けた猟犬さながらの様相に、剛腕を奮う歴戦の戦士達も否応なく追い詰められていく。
そんな中、フェリクスの動きは群を抜いてた。手綱から手を離し、足捌きだけで馬を巧みに操り、敵陣の中を突き進んでいく。矢も銃弾も大剣で弾き、向かってくる者は容赦なく斬り捨てた。
誰よりも大きく見える背を、フォルクハルトの放った聖火が照らす。一瞬で魔物を灰に変えたそれは、人間にとってはなんの熱も与えない幻影のようだから不思議だ。
フェリクスの後方にぴたりとついて遅れを取らないように気をつけながら、サイラスは敵方の本陣に目を向けた。おそらくここにロータルはいないだろう。このまま魔導師学園へと乗り込み、制圧することができれば上々だ。だが、このままでは難しいこともよく分かっている。
「隊長っ! これ以上はもちません!!」
「フーゴ! テメェがンなこと大声で叫んでんじゃねェ!!」
サイラスと同様にフェリクスについていたフーゴが、自身にも矢を食らいながら叫ぶ。その巨躯を行かして盾になっていたのが丸分かりの風体に、フェリクスが苦み走った顔で馬に鞭を入れた。これだけ敵陣を掻き回しても、魔物を操る笛の音は乱れない。通常の戦とは違い、敵大将が掴めないというのは非常にやりにくかった。
再び群れを成した魔物に、フーゴの舌打ちが漏れる。ひゅっと風を切って飛んできた弓矢をサイラスが弾き返し、その反対から襲ってきた鳥型の魔物をフーゴの剣とフォルクハルトの水球が叩き落した。
フェリクスの脇を固めていた二人が自分達の隊長から目を離したのは、ほんの一瞬だった。雷撃のようなその音をこの耳で聞いたときには、すでに意識はフェリクスへと引き戻されていた。だが、それでは遅かった。
「隊長!!」
「フォルトっ、援護しろ! たいちょっ、クソ、ざけんじゃねぇぞバケモンが!!」
小さな鉄の塊がフェリクスの脚を抉った。一瞬傾いた身体は、それでもしっかりと馬上にあった。だが、その揺らぎを敏感に感じ取ってか、犬とも猫ともつかない巨大な黒い獣が空を駆けて牙を剥いた。首を狙ったその一撃を、フェリクスは咄嗟に身を捩って躱し、代わりに左腕を突き出すことで命を守ったのだ。
唸る獣に、フォルクハルトの炎が馬上から放たれる。汚れた銀髪が視界で揺れているはずなのに、サイラスにはまったく目に入っていなかった。