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「陛下、それではベスティアに何人か送り込みましょう。お鳥様の行方とともに、獣の動向も探らねばなりません」
「……ああ、そうだな。アスラナはともかく、ベスティアはそろそろ気づくかもしれん」

 喉の奥を震わせたローラントは、グラスの水を一息に呷ってから口の堅い臣下達を見た。

「カッセル公、アスラナに気取られぬように戦の準備を整えろ。ブローマン将軍は帝都の守りを頼む。レームブルック、そなたはテュヒュール騎士団を率いて帝都に留まり、機が訪れればオバルへ向かえ。ユーランにはトルナド騎士団とカシマール騎士団を代わりに置く」

 アロイジウスもスティーグも異を唱えることはしなかった。大国アスラナを相手取ることは、剣を握ったときから心積もりできている。テュヒュール騎士団の代わりに要塞を任されることになった両騎士団も、申し分ない実力を持っている。
 プルーアスの申し子と言われるゆえんの赤い瞳が、老いた宰相に据えられた。彼は剣を振るうことはできずとも、知略を尽くすことにかけてはこの国で右に出る者はいないほどの知将である。

「――ベントソン。神の国と獣の国に、鉄雨の準備を」

 鈍く光る紅玉の瞳に、その場にいた誰もが深く頭を垂れた。


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 走って追いかけると、姿を見たわけでもないのに背中が呆れたように溜息を吐いたのが分かった。振り向いたその人は、「転ぶぞ、嬢ちゃん」と苦笑した。
 どうして分かったのかと訊けば、足音だとその人は言う。「嬢ちゃんほど軽い足音で走ってくる奴ぁ、いねェよ」最近は食欲が増してきたせいで体重は増えているように思うと言うと、その人は目をぱちくりさせたあとに腹を抱えて笑いだした。「そんな細っこい身体でどこが太ったんだ!」頭に響く大声で笑いながら、その人はソランジュの身体をひょいと抱え上げた。
 目線が一気に高くなる。足の裏が地面についておらず、ぷらぷらと宙をさまよっている。子犬でも相手にするかのように両脇を抱え上げたその人は、ソランジュを見上げて「ほらな」と笑った。

「そらみろ、嬢ちゃん。こんなに軽けりゃ片手でも持てんぞ」

 そのまま抱き締めてくれれば嬉しかったのに、その人はあっさりとソランジュを解放して立ち去っていった。これでは子犬か、よくて子どもにしか思われていない。頬を膨らませて拗ねながらも、確かに感じた力強いぬくもりに心が浮足立っていく。
 ――もっと。もっと触れてほしい。あの大きな手で、もっとたくさん。
 あの手が導いてくれるのなら、ソランジュはきっとどこへだって走っていくことができる。


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 そこは地獄だった。

「嘘だろ、オイ! 魔物を操るってマジかよ!」

 飛びかかってきた犬のような魔物を斬り伏せながら、サイラスは唸った。戦況は想像を絶する悪さだ。自分達は相手を戦の素人と侮っていたわけではない。得体の知れない武器を迎え撃つのだからと、軽口を叩きはしてもいつも以上に気を引き締めて臨んでいたはずだった。
 互いの最後の伝令が戻り、鬨の声が上がって副隊長のフーゴが先陣を切ってから、まだ一時間も経っていない。だのにはっきりとこちらの不利が悟られる。こんなことは、王都騎士団十番隊が始まって以来のことだ。
 こちらの手勢は千、魔導師側は三百ほど。数でも実力でも圧倒的に勝っている。負けるはずのない、負けてはならない戦いだ。人馬一体となって相手を斬り伏せることは容易い。分厚い鎧ごと胸を貫くことも、鍛え抜かれた十番隊の騎士達には造作もないことだ。

「術者を狙え! 怯んでんじゃねェぞ!! 祓魔師ッ、なにチンタラしてやがる!!」

 フェリクスの檄が飛ぶ。放たれる弓矢は赤子が放ったも同然のものなのに、それ以外の要因が十番隊の男達を苦しめていた。


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