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 スティーグはにんまりと笑みを濃くして言った。オバルの地というのは、彼が治める領地の一つだ。そしてカッセル家の本邸並びにラーブル騎士団を置く要所でもある。それもそのはず、オバルにはアスラナとの国境が存在する。かの国が万が一にも侵略しようものなら、盾となり槍となり堰き止める役目を果たさねばならない。今のアスラナが領土拡大に動き出す気配はないにせよ、警戒するに越したことはないのだ。
 公爵家として高い地位にいるスティーグは、それでいて自らも剣を振るう。その腕は確かで、国内最強の騎士と謳われるアロイジウスにも引けを取らないほどだった。三十を過ぎたばかりの男盛りで美男子の公爵は、社交界ではいつもご婦人方に囲まれる存在でもある。

「レームブルック。ベスティアの動きはどうだ?」
「リンベーグ海域では特に目立った動きはございません、陛下。静かなものです」
「――ではやはり、アスラナの進軍に向けての準備中ということでしょうか」
「そうであれば、プルーアスになんの知らせもないというのもおかしな話ではありませんか、宰相殿。獣の国は一応、同盟国でしょうに」

 スティーグの言うとおり、プルーアスとベスティアは同盟国という立場にある。しかしそれは、アスラナ、ホーリー、エルガートが結んだ聖三国同盟のような結びつきとは色が異なるものだ。これは対アスラナを掲げ、かの国の強大化を防ぐことを目的として組まれた同盟である。
 プルーアスはベスティアを信用してはいないし、ベスティアとてプルーアスを信用していない。アスラナだけに甘い汁を吸わせてなるものかという利害の一致が生んだ同盟であり、上辺だけのものだ。互いに笑顔の裏で毒を吐き合っていることなどは、誰しもが承知の上である。
 とはいえ、ベスティアがアスラナの混乱に乗じて攻め入るつもりなら、同盟国であるプルーアスに声がかかるのは当然のことだった。アスラナの王都により近いのはプルーアスだ。陸から攻めることも、海から攻めることも両方できる。ベスティアがブリギッテ地方を騒がせている間にレジテア地方から攻め入り、そのまま王都へ雪崩れ込むことも十分可能であるはずだ。
 しかし、王宮には使者の一人どころか手紙一枚すら届いていない。“あの”ベスティアが、この機を逃すとは考えられなかった。

「私がベスティアに送った鳥が、帰ってこない。報告の一つもない。捕まったか、あるいは……」
「鳥、と言いますと、あの黒い……?」
「ああ。私の鳥だ。私だけの」
「お鳥様にはそれは見事な剣の腕があったと、わたくしは記憶しております。陛下の命を果たすため、未だかの地でなにかを探っておるのではありませんでしょうか」
「それにしては長すぎる。あれは三ヶ月も前にベスティアへと飛んでいった。三ヶ月も前にだ。今まではこんなことがなかった。どんなにかかっても、ひと月で帰ってきた。……存外あれも、私を裏切ったのかもしれんな」

 ローラントの顔が自嘲に染まる。
 またか、とアロイジウスは思った。幼い頃より病弱で、実の母に毒を盛られたこともあるローラントは、手負いの野生動物のように人を信用しない。腹心と呼ばれる者達ですら、その実信用されてはいない。どうせ胸の内では舌を出しているのだろうと、ローラントは冷めた目で見つめてくる。
 皇帝の寵愛を受けている黒い鳥は、それは見事な漆黒の翼を持っていた。「貴方に味方してあげる」その声は純粋で、裏があるようには聞こえなかった。それでも、彼の心には響いていないのだろう。


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