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 謁見の間として宛がわれたのは、城内でも立派な赤鷲の間と呼ばれる部屋だった。金銀細工の装飾はもちろん、いたるところに紅玉が散りばめられている。国を代表する男達は大きな円卓の周りに順に座ったが、一際豪奢な椅子にだけは座ろうとしなかった。そこは言うまでもなく、皇帝の居場所だからである。

「久しぶりだな、黒いの」
「お久しぶりです、ブローマン将軍。身なりを整える間もなく、お見苦しいところをお見せして申し訳ない」
「いや、なに。そなたの汚れは忠義の表れだ。ユーランから二日とかからず駆けてくるとは、さすがはテュヒュールの団長よ」

 屈強なアロイジウスよりもさらに一回り大きな体躯のブローマンは、じきに五十を向かえるというのに年齢を思わせない若々しさで笑って見せた。外見こそ年相応の皺が刻まれているが、その茶色い双眸に爛々と輝く光は、どれほど歳を重ねても一切の曇りが見えない。
 しばらくすると、恭しく開けられた両開きの扉からプルーアス皇帝ローラント・ベルが静かに現れた。あまり身体が丈夫ではないローラントは、ともすれば光を失っているような虚ろな瞳が特徴的だ。か細い身体は剣を握るには不向きで、馬に乗ることにも向かない。戦場を知らない皇帝陛下は、蒼白い顔で皆を見回した。
 冬の厳しさはアスラナやエルガートほどではないにせよ、この時期は冷える。暖炉には惜しげもなく薪がくべられ火が灯されていた。その炎の明かりを受け、ローラントの白い外套が赤く染まる。

「……皆の者、よく集まってくれた。今日は折り入って話がある。これは、この国の未来を左右しかねない話だ」

 空いていた玉座に腰を据え、一呼吸置いてから静かにそう切り出したローラントは、あらかじめ侍従に用意させていた地図を円卓の上に広げさせた。その場にいた誰もが地図に目を向ける。そこには、大華五国を中心とした世界が広がっていた。
 病的にか細い指が、その中でも最も大きな国を指す。

「今、アスラナは凍った湖の上を歩くのに等しい状況にある。ベントソン、間違いないな」
「は。わたくしの送りました細作によりますと、現在かの大国では聖職者と魔導師が刃を交えております様子。なにやら王都では魔導師擁護派も多く見られ、国王軍はいささか苦しい立場にあるとのことでした」

 プルーアスには魔導師も聖職者もそう多くはいない。これを機に、魔導師を引き入れてはどうかという声も上がっていた。
 宰相の報告に耳を傾けていたローラントの淡い菫色の髪が、はらりと胸元に零れていく。まるで女のように長く伸ばした髪は、今や彼の腰まである。まっすぐ丁寧に梳られ、柔らかな艶を放つ健康的な髪とは裏腹に、彼の小さな面は頬がこけて病弱さを物語っていた。
 ローラントは今年で二十八になる。三年前、父である前皇帝が崩御したことをきっかけに皇帝の座を継いだ。大華五国の中では若い部類に入るが、アスラナ王ほどではない。生気の欠けた瞳は父親譲りの暗い赤で、その色がまさにプルーアスの申し子とさえ言われたものだ。儚げな雰囲気が独特の美貌を引き立てているローラントは、若い女より年かさの女から人気を集めていた。どうにも庇護欲をそそられるらしい。
 他ならぬアロイジウスとてそうだった。ブローマンが一喝すればそれだけで倒れてしまいそうな皇帝の姿を見ると、なんとしてでもお守りしなければならないという気持ちに急き立てられる。

「では、これを機に大国の背を突いてやることもできる――ということですかな」
「カッセル公、それはあまりに気が早い」
「そうは言いましても将軍、オバルの地にまでアスラナ王都の動揺が聞こえてくる始末です。今までのようにはいきますまいよ」


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