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「ぼーりょくはんたい! ソラちゃんに言いつけてやる!!」
「もう一発いっとくか? 戦前に頭蓋骨潰しとくか。脳ミソ抜いとこうぜ。そしたら身軽になんだろ。え?」
「嘘です嘘ですゴメンナサイ! 後半は俺の付け足しです!!」
「当たり前だろうが馬鹿たれッ!」
「いってぇええええええ!!」

 容赦のない二撃目をまともに食らい、サイラスは頭を抱えてその場をもんどりうった。幼子のように身体を丸めてしくしくとすすり泣いていると、呆れたように溜息を吐かれた。
 火の燃える音がする。甲冑の擦れる音がする。剣を研ぐ音が、馬の嘶く声が、――戦の音が、する。
 夜の静寂など幻想にしかすぎない。冷たい風は死神の吐息だろう。朝になればそれは明らかになる。寒空の下、人馬共に汗を滲ませ、血を噴き上がらせ、静寂を喧騒に塗り替える。
 それを悪夢と思う者もいるだろうが、勇士達にとっては当たり前の光景でもあった。手にした刃が相手を貫くその感触がなければ、逆に自分が貫かれるのだから。

「……たいちょー」
「まだなんかあんのか、サイラス」
「ソラちゃん、すっげぇ心配してましたよ」
 
 サイラスが知りうる限り、アスラナ国内の最初の特殊金属による被害者がソランジュだ。彼女を撃った弾丸は頬を掠め、小さな傷を作って壁を穿った。放っておけば自然に治る小さな傷だ。だが、それはアスラナにとって――世界にとって、大きな傷をもたらしたのだ。
 人を傷つけることができる特殊な銃弾を所持している相手を、目の前で逃がしてしまった。そして今、自分達はその魔導師との戦いを目前にしている。
 そのことをソランジュは大いに悔やんでいるらしい。彼女の責任ではないというのに、なにもかもを背負い込んで泣きそうな顔で「どうか気をつけて」とサイラスにも武運を祈ってくれた。
 彼女はまるで子犬だ。栗色の柔らかな毛並みの、ふわふわとした子犬。いつもフェリクスの後ばかりをついて回って、嬉しそうに尻尾を振っている。大きな空色の瞳はいつだってフェリクスを見上げていて、そのことをからかうと照れくさそうに唇を尖らせる。

「嬢ちゃんが心配性なのは今に始まったことじゃねェだろ」
「そりゃま、そーっすね」

 三度目の拳は落ちてこない。そのことに安堵しながら、サイラスは億劫に思いながらも身を起こして伸びをした。そろそろ自分の天幕に戻ってひと眠りしなければならない。
 夜が明ければ、頭の中から子犬のことなどすっかり消え去っているだろう。それはフェリクスも同じに違いない。だからこそ、今このときばかりは思い出させてやりたかった。
 女騎士もいるとはいえ、圧倒的に男の方が多いむさ苦しい騎士館で、くりくりとした目の愛らしい子犬のようなソランジュが十番隊の宿舎に顔を出し、少しやりにくそうに相手をしているフェリクスの姿を見るのがサイラスの楽しみにもなっている。穏やかな時間は好きだ。心が休まる瞬間は、誰にでも平等に訪れるべきだと思う。

「たいちょ、怪我したらまーたソラちゃんのお世話になりますね」
「したところで自力で治しゃ問題ねェよ」
「たとえ掠り傷でも包帯持ってすっ飛んできますよ、あの子。あーあー、俺も可愛い女の子に心配されたーい」
「アホぬかせ。んなことよりさっさと寝ろ。明日は早いんだ」

 これ以上は機嫌を損ねることが分かっていたから、サイラスも大人しく自分の天幕へ引き下がった。
 平和を楽しんでいられるのも今だけだ。今頃は死神が深淵より顔を出し、誰を連れ帰るか吟味している頃だろう。




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