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「今度の敵さんはいつもとは違う。サイラスの言うように、頭から突っ込んできゃあ得体の知れねェ鉄の塊に撃ち抜かれる。――だがな、フーゴ。俺達アスクレピオスの座右の銘はなんだ?」
「先手必勝、驍勇無双!」
「その通りだ! いいかお前ら! たとえ相手がなにを持っていようと、頭使ってちまちま戦すんのは俺らの性に合わねェ! 頭から突っ込んでって素人さん共を蹴散らしてやれ! 鉄がなんだ、バケモンがなんだ! 十番隊がアスクレピオス、その大蛇の御旗に刃向う奴ァ片っ端から捻じ伏せろォ!」

 雷が天を裂く勢いでフェリクスは声を張り上げ、皆の鼓膜をびりりと震わせた。天幕の外にも十分響き渡ったそれは、各々戦闘準備についていた騎士達の耳にも届き、誰もが腹の底から雄たけびを上げて答えた。
 得体の知れない相手が敵だろうと、指揮官がその不安を見せるわけにはいかない。血気盛んな十番隊の男達に「慎重に」と言ったところで、鬱憤が溜まるだけで逆効果だ。思う存分馬上で剣を振るい槍を振るい、一暴れさせてやらなければ本来の力を発揮できない。
 夜が訪れ、十番隊の陣営には煮炊きの匂いが充満していた。遠くに見える魔導師側の陣営からも同様の煙が立ち上っている。
 アスラナ王の命により、魔導師側には最後の勧告として使者が送られていた。今降伏の意を示し、理事長であるロータル・バーナーが身を預けるならば、国王軍はその剣を収めるという旨を伝えてある。
 戦を目前にしながらも酒を飲み交わして騒いでいたフェリクス達の前に使者が戻ってきたのは、夕餉の皿が空になる頃合いだった。

「申し上げます! ロータル・バーナーより返答あり、『投降の意なし。我ら魔導師は自らを守るために戦う』とのこと!」
「――だとよ。騎士道精神に則って、奇襲はやめといてやろうや。夜が明けたらおっぱじめんぞ! そのつもりでゆっくり休め!」

 おお、と銅鑼を鳴らすかのように返答が波を打つ。焚火に照らされてより赤々と燃えるレンガ色の短い髪を、そのときサイラスはじっと見つめていた。その視線に気が付いたのか、一通り隊員達を鼓舞して回っていたフェリクスがどっかりと隣に腰を下ろす。戦装束とはいえまだ甲冑も身に着けていないのに、それだけで十分な威圧感があった。
 戦の前は皆こうなる。表面上はどれだけ落ち着いて見えても、誰もが気が昂っている。フェリクスが一回り大きく見えるのも、サイラスの気配がより尖って見えるのも、平和なアスラナ城内ではなかなか見られないことだ。

「なんだ、さっきからジロジロ見やがって。……落ち着かねェか?」
「シロートさん相手はどうも、うん。いい気はしませんけどね。つーか、そんなことより」
「あ?」
「たいちょ、出る前に子犬ちゃんに会ってこなかったっしょ。だから伝言頼まれてんですよ、伝言」
「……伝言だァ?」
「『先生、怪我しないで、無事に帰ってきてくださいね。大好きな先生のために裸で待ってますから、風邪引かないうちに帰ってきてくださ』、あいったぁ!!」

 声色を変えてしなを作っていたサイラスは、言い終わる前に目から大粒の星がいくつも飛び出したような衝撃を受けた。脳天を突き抜けた痛みに、思い切り拳で殴られたのだと知る。じんわりと瞳には涙の膜が張った。両手で頭を押さえながら見上げれば、フェリクスが魔物すら裸足で逃げ出しそうな形相でこちらを見下ろしている。


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