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「今にも泣きそうなツラして強がってんな、バカ。丸分かりなんだよ」

 ――ああ、ほら、あなた達はこんなにも優しい。
 砂上の城が崩壊する。ならばいっそ、過去も未来も、すべてを呑み込んでしまえばいいのに。そうすれば、もう誰も動けない。
 夜が明ければ、きっと血が躍る。剣が噛み合い、銃弾が人を食い破る。それは本当に、自分達が望んだことだったのだろうか。平和なクラウディオ平原に魔をもたらしたのは、他ならぬ自分達だ。
 この手が彼らを裏切った。それでも、シエラはラヴァリルを救い出すと誓ってくれた。無垢な瞳があまりに痛い。清廉すぎる光の前に、黒く汚れたこの身体はあまりにもみすぼらしい。
 あの光を、穢すのか。
 あの光が愛する者を、奪うのか。
 この手で。この手で、終焉を告げる引き金を引くのか。
 温かい湯に浸かっているというのに、ラヴァリルの身体は寒気によってぶるりと震えた。頬を雫が滑り落ちていく。その雫の名を、ラヴァリルはあえてつけようとはしなかった。

「……ねえ、サリア、ミューラ、どうしよう。……ど、しよう、どうしたら、いい? ねえ、どうしよう、戦いたくないよぉ……!」

 優しい人よ。清らかな人よ。
 どうか私を、嫌わないで。


+ + +



 はじまりを教えて。
 おわりは私が決めるから。

 おわりを教えて。
 はじまりは私が決めるから。

 蒼い世界に、私は一人。
 私だけの、蒼い世界。
 寄り添う星が、囁くの。


 ――ほらごらん、あそこに竜がいるよ。


+ + +



 あれから数日が過ぎ、王都騎士団出陣の日取りが決まった。先鋒部隊となるのは、フェリクス率いる十番隊アスクレピオスだ。アスラナ城内も言い知れぬ緊迫感を持ち、魔導師との開戦を目前に控えた城下町もどこか落ち着かない空気を醸し出していた。
 倉庫から運び出されて荷車に乗せられていく武具を、シエラは廊下の窓から眺めていた。騎士館のすぐ近くの温室で薬草を煎じているルチアに話を聞く限り、騎士館の方はいよいよ気安く声をかけられるような雰囲気ではなくなったらしい。医官達と一緒になって薬を作っていたというルチアは、「いっそがしいよぅ」と大きく伸びをしていた。
 あんな小さな子どもが忙しなくしているというのに、シエラはまたしてもここで待つだけしかできない。今回の一件で自分にできることはもうないのだと、さすがに自覚している。人間相手では微塵も役に立てないのだから、大人しく城に籠もるしか道はない。分かってはいても、やるせなさに心が軋んだ。
 護衛役のヴィシャムと別れ、部屋に戻って書物に目を通していると、半分ほど読み終えたところで扉が叩かれた。開いた扉から見慣れた金髪が覗いた瞬間、鼓動が僅かに高まりを見せる。疾しいことなどなに一つないのに、シエラはなぜか隠すように本を閉じ、慌てて脇に置いていた。

「軍議はもういいのか?」
「はい。またすぐに向かわなければなりませんが……。シエラ様はお勉強ですか?」

 柔らかく微笑むその顔が、遠い。
 フォルクハルトに避けられているのではと言われたときに、違うと言い切れなかった原因がこれだ。
 ――あの日から、エルクディアは変わった。唇が触れ合いそうなほど近くに彼を感じた、あの日から。



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