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「今や城ン中じゃ、騎士長の評価はダダ下がりって噂じゃねーか。そんな状態で統率取れんのか?」
「さすがは理事長よね。内側から瓦解させようだなんて、なかなかえげつないわ」
「アンタにだけは言われたくないだろうけどな」
「あら、どういう意味かしら?」

 いつも通りの二人の様子が、ラヴァリルの胸を深く刺す。
 そうだ、理事長は立派だ。だが、「えげつない」。二人は知らない。リースがどんな目に遭っているのか。昨夜は満月だった。暗く冷たい石牢の中、彼は一体どんな思いを胸に抱えていたのだろう。血を流し、血を啜り、汚らわしいと蔑まれながら、それでも血を捧げて。
 まだ研磨していない紫水晶のように、暗く沈んだ紫色の瞳が記憶に揺れる。眼鏡の奥で、いつだってあの瞳は冷たく細められていた。
 今度の戦には、無論リースも加わる。彼には、最前線でその力を奮うことが求められている。それがなにを意味しているのか、正確に把握している者は少ない。

「おいリル、ほんとに大丈夫か?」
「へーきだよ。心配性なんだから、サリアは!」

 日が変われば、すぐにでも出立することになるだろう。今宵はよく眠らなければならない。ラヴァリルにはリース同様、優れた働きが求められている。
 成果を上げなければ、ここにいる意味がない。
 平原の端を太陽がくすぐれば、もうあの城には戻れない。蒼い髪を追いかける緑の視線を見ることも、あちこちに溢れる銀の輝きを見ることも、――彼らの笑い声を聞くことも、きっと。

「……ねえ、二人はどうして魔導師になったの?」

 会議室を出て、一日の疲れを癒すべく風呂に入ったところでラヴァリルはそっと二人に問うてみた。ミューラがまばゆい象牙色の肌を濡らしながら、小さく笑う。

「私は血が見たかったから、かしら。でもほら、私ってひ弱だから、兵士には向いていないでしょう? でも魔導師なら、サリアみたいに筋肉馬鹿でなくても十分に戦えると思ったの」
「ンだとコラ! さり気に人のことバカにしてんじゃねぇ! あと、誰がひ弱だこの悪魔!!」
「口が悪いわよ、サリア。そんな貴女の理由は?」
「あ? 仇打ちっつーほどでもねぇけど、なんつーか……。ぶっ倒したくなったんだよ、魔物を。あんな奴ら、この世にいたっていいことなんざ一つもねぇだろ。だから、」
「相変わらず野蛮ねぇ」
「ああ!? ――ぐぽっ、がぼぼぼぼっ」

 牙を剥くサリアの頭を一瞬で抱え込んで湯船に沈めたミューラが、何事もなかったかのように莞爾として微笑んで「リルは?」と首を傾げた。確かにその表情だけを見れば女神だと謳われていることも納得だが、少し目を下に向ければ、裸の胸に埋もれるような形でサリアがごぽごぽと気泡を吐いて暴れている。
 いつものこととはいえ、一瞬唖然としたラヴァリルは、ミューラの問いかけに答えるまでに数秒を要した。異様な光景にひそひそと囁く周囲の声を聞き、やっと意識が引き戻される。

「あたし? あたしは……、なんでだろう。気がついたら理事長に拾われてて、それで……気がついたら、ここにいたって感じかなぁ」
「貴女は魔術が苦手だし、正直魔導師には向いていない気がするのだけど、――本当にいいの?」
「いいって?」

 蜂蜜色の髪が湯の上を流れていく。そんなラヴァリルの毛束を僅かに引っ掻きながら、サリアがぶはっと勢いよく顔を上げた。目を真っ赤に充血させてミューラに拳を振りかぶったあと、荒い呼吸のままでラヴァリルの頭を軽く叩く。少し痛いけれど、優しい拳骨だった。
 男前な仕草で前髪を掻き上げるサリアは、裸のまま仁王立ちしてラヴァリルを見下ろしている。


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