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「……シャ、マ、悪いっ」

 腕を包む炎が一際激しく燃え上がる。
 癖の強い銀髪を舞い上がらせるそれは、けれども決して燃え移ろうとはしなかった。滴る血液に炎が移り、瞬く間に地面を染めていく。もはやそれは、この世のものとは思えぬ光景だった。
 ――このままでは、届かないというのなら。
 ベスティアの魔女は、王を望んだ。王ならばあの魔女と向き合うに値するのか。「あの子」を掬い出せるのか。
 記憶に住みつく軽やかな笑い声が、炎の中から木霊する。
 唐突に、ホーリーで小さな子どもが自嘲気味に零した台詞がよみがえった。「ルチアはね、バケモノなんだよ」どこからどう見てもその子どもは人だった。ただ少し、他の人とは違うだけだ。それでも「バケモノ」だというのなら、人という括りに居座ることは相当難しいらしい。
 なら、自分がそこに居続けることは初めから無謀だったのだろう。
 炎が身を包む。大きな羽音がどこかから響いた。鼓動と同じくらい、近くから。


 あの鐘の音が響く丘で、君に誓った。
 けれど君を失うくらいなら、誓いなどいくらでも焼き尽くそう。


+ + +



 魔導書には、魔導師の始祖たる人物の言葉が必ず記されている。
 ――抗え、破壊せよ。我らは自らの手で我らを守れ。零れた血の一滴すら、闇はすべて無に帰せ。
 魔導師の魔術は、魔物の魂を破壊することができる。輪廻から外れた魂は、もう二度とこの世に舞い戻ることはない。魔導師の中でも一握りの優秀な能力を持つ者であれば、記された文言通り、零れた血の一滴すら消し去ることが可能だ。多くの魔導師の場合、魔物を消し去ることはできずにその場に死骸は残るが、それでも魂は淀んだまま破壊される。
 一切の慈悲などない、破壊を目的とした魔術。聖職者のもたらす浄化とはまったく異なるそれは、人々に安寧を与えると同時にさらなる悲劇をも孕んでいる。
 魂の完全破壊は消滅を意味し、輪廻を絶つが、祓いようのない穢れがその場には残るのだ。穢れはやがて、新たな魔物を呼ぶ。しかし、聖なる力を持たぬ人の子に、それ以上の術はない。
 だから立ち上がった。もう二度とこの世におぞましい魂を復活させてはならない。聖職者とは違い、自らが望んで手に入れた特殊な力で魔を滅する救世主となる。

「――リル、リルってば! 聞いているの?」
「へっ!? あ、ああ、ごめん、ミューラ。ちょっとぼーっとしてた」
「もう……。戦闘区域の発表、ちゃんと聞いていた? クラウディオ平原の第三聖塔近辺で陣営を張るわ。私達はその前衛部隊に属することになるけれど……。リル、貴女顔色悪いわよ。どうしたの? 大丈夫?」
「だいっじょーぶ、へーきへーき! ミューラこそ大丈夫? ……彼氏、祓魔師なんでしょ?」
「私は平気よ。むしろ早く戦いたくてうずうずしてるわ。あの人と殺し合いができるだなんて、この上ない至福の時間だもの」

 恍惚の笑みを浮かべるミューラに、サリアがうんざりした表情で溜息を吐く。
 気がつけばいつの間にか終了していた会議は、聖職者達――国王軍を相手取る作戦を立てていたものだ。魔導師粛清を掲げ、ユーリ・アスラナは必ず挙兵する。神の後継者を我がものと企んだ魔導師を、アスラナ王が見逃すはずがない。
 神に愛された大国アスラナの威信のため、青年王は王都騎士団を派遣するだろう。王都騎士団十三隊はアスラナの強さの象徴だ。統制された有能な騎士達が掲げる御旗は、数々の戦場で勝利の雄叫びに揺れてきた。その精鋭達を率いているのが若き天才騎士、エルクディア・フェイルスだ。彼の名は、今しがたの会議でも何度も俎上に上った。


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