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「では騎士館に泊まったんでしょう。なにかやることが残っていたのかもしれませんし」
「――淀みを孕む言葉は、姫神様のお心に悪しき影響を与える。神官ならば慎まれよ」

 よく響く声が鼓膜を打ち、その場の空気が一瞬にして塗り替わった。蔦模様が描かれた純白のテーブルが午後の日差しを受け、柔らかく光を反射させる。その光の中でバスィールは皆の視線を一身に浴びたが、指一本動かすことなく微動だにしなかった。

「バスィールさん、わたしは嘘は吐いていません」
「いかにも。貴女の言葉は偽りではない。しかしながら、真でもない。それはあくまで予見にしかすぎぬこと。ならばなにゆえ、その心は偽りを押し隠そうとするのか」
「ジア、もう少し分かりやすく言ってくれないか?」
「ライナの中じゃ『本当は違う理由があったのかも』って思いながら今の発言をしたのはなぜか、ってことかと思うんですが、よろしいか、マクトゥーム殿?」

 ヴィシャムの問いに静かに頷くバスィールに、ようやくシエラも合点がいった。ライナは苦い表情を隠しきれていない。言葉の代わりに紅茶を飲み下し、彼女は自らのロザリオをきゅっと握り締めた。

「違う理由?」
「騎士長がわざとアンタを避けてるんじゃねぇのかってこったろ、どうせ」

 避けるという言葉が、すぐには理解できなかった。ライナがフォルクハルトを軽く睨むが、彼は悪びれる風もなく欠伸をしている。

「なぜエルクが? 避けられる理由がない。……それにアイツは、私の騎士だろう」

 フォルクハルトが「ならいいんじゃねぇの?」と興味などない様子で言い放ち、その場には奇妙な沈黙が降りた。
 エルクディアはシエラの騎士だ。それは間違えようがない事実で、先日、彼自身そうはっきりと言っていた。だから彼がシエラを避ける理由などあるはずもない。今は事情が事情なだけに離れているが、そうでなければ今ここにいるのはフォルクハルトやヴィシャムではなく、エルクディアだったはずだ。
 そうは思うのに、妙なざわめきが胸を通過していく。木枯らしが吹き抜けるようなそれが、内側から熱を奪い去る。
 絶対に違うとは言い切れない心当たりが、シエラの中にはあった。それさえなければ、もしかしたら笑い飛ばしていたのかもしれないのに。

「……ライナ、紅茶をもう一杯もらえるか? 薔薇の花びらが入ったやつがいい」
「分かりました。皆さんはいかがですか?」
「ルチア、オレンジのお茶がいい! ヴィシャムとバスィールはどーする?」
「俺は聞かねぇのかよ」
「フォルトはシエラにいじわるだから、だめ!」

 銀が揺れる。極彩色が、世界を彩る。
 窓の向こうでは、明るい空に白い月が浮かんでいた。寄り添う星の光は見えない。夜になれば、見えるだろうか。傍らでシエラを見つめるバスィールの瞳とよく似た、紫銀の色が。


+ + +



 灼熱の炎が身の内で燃えている。立ち昇る神気に、低級の精霊達が恐れをなして遠ざかっていくのを肌で感じていた。最も馴染み深い火霊でさえ、どこか怯えたようにこちらを見ている。
 ベスティアの地を踏み締めた途端に、港にいた精霊達が逃げ出した。どうやらそれほど今の自分は気が立っているらしい。
 伸ばした指先が見えない壁に触れたのは、ベスティアの王都アエーブに到着した頃だった。アエーブはちょうどベスティアの中心にある大きな都だ。そこにそびえるスエルテ王宮は宮殿と呼ばれているが、実際は城塞の役割も備えている。ベスティアらしい黒の大理石を用いた力強い装飾が立派な建物だった。


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