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「ねえねえ、クレメンティアぁ。エルクは忙しいのぉ?」
「ええ。今はどうしても、手が離せないようです。彼もあれでいて立派な王都騎士団の総隊長ですから」
「いつまでもつか分かんねぇけどな」
「フォルト、そう言うんじゃない。シエラ様がお困りだろう」

 フォルクハルトを窘めるヴィシャムも、口ではそう言っていてもあまり深刻そうな様子ではない。祓魔師である彼らにとって、王都騎士団の長が誰であろうと別に構わないのだろう。かくいうシエラも、別にエルクディアが総隊長でなければならない理由は持っていない。ただ、彼が騎士長でなければ出会えなかった。それだけは分かっている。シエラが神の後継者でなければ出会えなかったのときっと一緒だ。
 噂を聞く限り、エルクディアの立場は非常に危ういものになっているらしい。王宮の侍女と言えど、お喋り好きな人間はいるものだ。エルクディアが六番隊隊長のオリヴィエに見限られたという噂はすぐに城内に出回った。

「エルク、大変そうだねぇ。前はいーっつもシエラといっしょにいたのに、最近は全然いっしょじゃないもん。さみしくなーい?」
「別に、寂しくは……。子どもじゃあるまいし」
「ええ〜、バスィール、それほんとー?」
「ルチア。そういう風にバスィールさんを使うのは感心しませんよ」
「もぉ、クレメンティアってばすぐ怒るんだからぁ」

 バスィールは錫杖を片手に微動だにせず、銅像のような静けさでシエラの傍らに控えている。流れる銀髪はアスラナ城に仕える聖職者のものとそう変わらない輝きを持っており、星の光のような紫銀の双眸は見る者を魅了する力に溢れていた。
 極彩色の僧衣から覗く金褐色の肌に、シエラの飲む紅茶の湯気がそっと口づける。

「エルクが忙しいのは仕方ないことだ。……今度のことに私が口を挟める余裕はない。それに、ついて回ったところで足手纏いになるだけだ」
「ま、戦なんつーモンに神の後継者が出ること自体おかしいだろ。ここで大人しくお茶飲んでんのがお似合いだ。じっとしてろ」
「今のを訳すと、『戦が危険なことは言うまでもなく、それに加えて捌ききれない魔物もおりますので鎮静化するまでは城内にてお過ごししください』ですよ、シエラ様」
「訳の分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞ、クソ虎野郎!!」
「お嬢さん方の前で吠えるな。ほら、フォルト、おすわり」
「犬扱いすんじゃねぇよ!」

 唸るフォルクハルトを手のひらで転がすヴィシャムに、ルチアとテュールが楽しげに笑っていた。ここだけを切り取れば、とても穏やかな昼下がりの光景だ。戦を目前に控えているとは思えない。
 どれほどの規模の戦いになるのか、シエラには微塵も分からなかった。軍というもの自体、正確には把握していないのだから無理もない。
 ただ一つだけ分かることがある。
 人と人がぶつかり、血を流す。当たり前のように命を奪う。――それが戦だ。

「……いくら忙しいとはいえ、少しくらい休まないとアイツも身体を壊すだろうに」
「え? 昨日の夜、お部屋に帰ったんじゃないの?」

 笑顔でヴィシャムの顎先に口づけていたルチアが、途端に不思議そうに首を傾げた。

「いや、帰ってきていない。なんでそう思うんだ?」
「だってエルク、昨日の夜は早めにお仕事終わってたよ? だから久しぶりに、シエラのとこに帰ったのかなーって思ったの。ちがうの?」

 そんな話は聞いていない。
 昨日、様子を見に来たエルクディアと少し話した。疲れた顔をしていたから、大丈夫かと声をかけた。今夜は戻れるのかと訊ねたシエラに、彼はゆるく首を振っていたではないか。


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