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「……分からない。仲がいいとは言えなかったけど、でも、シエラちゃんを守ろうとしていることは間違いなかった」
「守ろうとしていたのは自国に帰って攫うため、ということも考えられるのではありませんか、殿下?」
「リオン……。でも、――でも待って。シエラちゃん、今はお城に帰ってるって書いてる。本当に裏切ったのなら、みすみす手放すなんておかしくない?」
「最後までよく読みなさい、馬鹿王子。リオンもあまり煽らないように」

 食い入るように報告書を見つめていたシルディが、椅子に尻餅をつくように座った。茫洋とした瞳が空中を彷徨ったのは一瞬だ。はっきりとした意思を宿した夜色の瞳が、レンツォを射抜く。

「――オリヴィニス?」
「さすがにこれは予想しえない事態ですね。アスラナに、“あの”オリヴィニスが接触した」
「アスラナにというよりは、後継者様にといった感じだけれど。なんにせよ、オリヴィニスの高僧があの子の傍につきっきりでいるらしいわよ。それこそ、盾みたいにね」
「だったら、魔導師側は負けが決まったも同然なんじゃないの?」

 シルディがそう考えてもおかしくはない程度には、「オリヴィニスの盾」は有名だ。彼らが参加する戦に敗北はありえないと言い伝えられている。

「魔導師側の武器が問題なんですよ、殿下。うちでも散々頭を悩ませてくれているものが一つあるでしょう? ねえ、レンツォ?」
「え? あ、そうか、特殊金属……」
「ええ。その銃弾がある限り、王都騎士団が出てもどうなることか。あの騎士長がどれほどの腕前かは知りませんが、これまでの戦とは勝手が違う。十やそこらの死人で済めば三日三晩の大宴会でしょうね」
「レンツォ!」

 声を尖らせるシルディに肩を竦めることで応えたレンツォに、リオンの視線が刺さる。彼女はゆっくりと足を組み替え、頬杖をついて微笑んだ。

「けれど、国王軍にはルチアがいるわよ。撃たれる前に毒で殺すくらい、容易いのではないかしら?」
「あの子を戦に引っ張り出そうものなら、大砲持ってアスラナに乗り込みますよ。我々は武器を貸し出したつもりはありません」
「それは親心? それとも、政に携わる者としてのご意見かしら?」
「黙れ女狐」

 腹いせに難しい顔をしているシルディの頭を掻き回し、余計なことを考えているだろう意識を散らしてやった。髪とともに散り散りになった雑念は、緩やかな速度で纏まり、少年の瞳に英知の輝きを灯す。
 その夜の海にも似た色を、レンツォはいたく気に入っていた。この瞳が強い光を持ってまっすぐに見上げてくる間は、必ず自分は傍らにいるという確信があった。

「……この戦に、僕らは手を貸せない。でもあそこには、ルチアがいる。なにより、クレメンティアがいる」
「だから?」
「もし、……もしも戦が長期化し、あの二人にも被害が及ぶようなら、……一個師団をアスラナに送ることを、許してほしい」

 膝の上で握り締められた拳が震えていた。

「未来の王妃と善良なるホーリーの民を危険に晒すことは、できない。介入はしない。……できない。たとえ、アスラナから正式に要請を受けたとしても、それはホーリーの掟に反することだから」

 婚約者と留学生の身柄の引き取りを要請することは、正当な申し入れだ。なにも間違ってはいない。だが、皮肉なことにクレメンティアは聖職者であり、神の後継者の最も近くにいる人間の一人だ。安全のためにと説得したところで、彼女が大人しくこちらに来るとは思えない。
 様々な葛藤があるのだろう。この海にしっかりと錨を下ろしたホーリーは、その安定と引き換えに行動を制限する。



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