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 第二王子だったベラリオに代わって新たな領主となったのは、その実姉であるミシェラフィオールだ。彼女がヴォーツ城に入城する折、女領主へ不安を抱いた領民達からの不満の声が上がった。どう諌めるつもりかと高みの見物をしていたところ、彼女は豪快に笑いながら「そのうち治まるさ」と豪奢な執務机にふんぞり返っていた。
 こちらもツウィにばかり構っている余裕はない。気がつけば、いつのまにか彼女はヴォーツ領領主として受け入れられ、上手く纏めているようだ。とはいえ、ベラリオ体制下における役人達の粛清までは手が回らなかったのだろう。上がってくる報告書をこちらに回してきたのは、彼女なりの嫌味かもしれなかった。

「……んー? これ、帳面は合ってるけど、なんか変だよね……。武具の新調がやたらと多いし。海賊の討伐遠征はまだ分かるけど、でも、この数は……」
「大方、金貨を懐に溜め込んでいるんでしょうよ。ミシェル様はご自分で切り捨てず、こちらに回してきましたがどうなさいますか?」
「どうって言われても。そりゃあもちろん、粛清すべきだと思うけど……。でもそれは、ツウィの問題だよね? ミシェル姉様の判断なく僕がしゃしゃり出るわけにはいかないよ。そんなことをしたら、ツウィの民からの信用を奪うことになる」
「――では、そのように」
「シルディ殿下も頼もしくなられましたね」

 気配をまったく感じさせずにレンツォの背後から顔を覗かせたリオンが、にっこりとシルディに笑いかけた。異国の血を思わせる顔立ちの彼女は、意志の強そうな黒髪を靡かせて優雅に椅子に腰かける。丸めた報告書で肩を叩く仕草に、レンツォの口からは自然と舌打ちが零れていた。

「いつ現れたんですか、女狐」
「たった今よ。はい、これ。あなたが欲しくて欲しくて仕方がなかったもの。差し上げるわ」
「無駄口を叩く暇があるならさっさと寄越しなさい。そしてさっさと帰れ」
「あら、ひどいひと」

 奪うように書類を受け取り、封を解く。紙面に記された内容に、眼鏡の奥で眉が跳ねた。

「レンツォ、それなに?」
「王子には関係ありませ、」
「アスラナの現状です、シルディ殿下」

 再度鋭い舌打ちが飛ぶ。
 「えっ?」好奇心に目を輝かせるシルディの反応を予見していたからこそ、彼にはまだ黙っているつもりだった内容だ。その表情には僅かな不安も入り混じっていて、まだまだ頼りない王子殿下が一途に思う婚約者の安否も関係していることが嫌でも思い知らされる。
 その様子からして、このまま黙っていれば仕事に集中できないのは明白だ。お喋りな女狐を一睨みし――そんなことはなんの効果もないと知っていたが――、レンツォはリオンの報告書を机に広げた。
 磨き抜かれた美しい木肌に、大国の現状が溢れていく。

「……うそ、聖職者と魔導師で内戦?」
「そのようです。大方予想はついていましたが、意外と早かったですね」
「そんな呑気な! だってここ、神の後継者の誘拐を皮切りにって書いてるよ!? シエラちゃんになにかあったってことだよね!? しかも、リースくんが裏切っただなんて、そんな……」
「そんな風には見えませんでしたか?」

 レンツォはリース・シャイリーを詳しく知らない。海底遺跡アビシュメリナで彼と共にいたシルディの目には、どう映っていたのだろうか。
 シルディは唇を震わせ、やがてゆっくりと首を横に振った。


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