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「なら、黙っていてやろう。ああ、泣くな、ハーネット。大丈夫だ、私がついているだろう? お前のすべてを知った上でお前を唯一愛し、共にいてやれるのは私だけなのだから」

 心が軋む。何重にも鎖をかけて封じていたはずの扉が、ギシギシと音を立てて開こうとしている。
 優しく抱き締められ、ラヴァリルの瞳は静かに涙を零した。乱れた蜂蜜色の髪が濡れた頬に貼りつく。

「お前がどれほどシャイリーを愛したところで、あれはお前など愛さない。可哀想になぁ。本当に哀れな子だ。お前はその身を投げ出してまで、あれを守ろうとしているのに。そうまでしても、情けの一つもかけてもらえんとは」

 見返りなんて求めない。そんなつもりはない。
 リースを守るためなら、なんだってできた。なんだってやろうと思った。想いを返してもらいたいがためではなく、自分がそうしたかっただけだ。けれどそれは、「可哀想」なことなのだろうか。これほど努力しても、どれほど想っても愛されないのは、「汚らわしい」からだろうか。

「安心しろ、お前には私がいる。私だけが愛してやれる。……シャイリーを助けたいんだろう?」
「……は、い」

 あの紫水晶のような瞳は、いつだって鋭かった。ラヴァリルになど目もくれず、ただ前だけを見つめていた。追いかけても追いかけても遠のいて、それでも不思議と傍にいた。いつもすげなくあしらわれていたけれど、それでも、彼はラヴァリルを見捨てなかった。
 ――瞳に映るのは、君の背ばかり。
 それでいい。多くは望まない。届かなくていい。抱き締めてもらえなくても、愛してもらえなくても、まっすぐに伸びる背を見つめることが許されるのなら、それでいい。
 俯くラヴァリルの身体を、衝撃が襲う。拳で頬を殴られ、床に頭を打ち付けたせいで視界が大きく揺れた。手の甲を踏み躙る靴裏が、骨を砕く勢いで力を入れる。

「――ッ!」
「ならば従え、逆らうな。雌犬は雌犬らしく、私の言うことだけを聞いていればいい。他の人間に尻尾を振ってみろ、次はただでは済まんぞ」
「痛いっ! 手、折れる、」
「逆らうなと言ったのがまだ理解できんか? お前は本当に、駄目な子だ」
「ひっ! あああああっ!!」

 骨と骨の隙間を抉るように踵を押しつけられ、たまらず悲鳴が漏れた。床に這いつくばるラヴァリルを冷ややかに見下ろすロータルは、わざとらしく蜜を溶かした甘い猫撫で声で言った。

「――だからお前は捨てられるのだ、可哀想なハーネット」


+ + +



「クレメンティア、元気かなぁ……」

 ガラスペンを口元で遊ばせながらの呟きに、レンツォは書類を確認する視線を滑らせて主を見た。見るからに柔らかそうな金茶の癖毛を持つシルディは、すっきりと晴れ渡った青空に意識を飛ばしているようだ。正確には、海を越えた先の大国アスラナに、といったところだろうか。
 やっと落ち着いてきたとはいえ、それでもまだホーリーの内情は不安定だ。第一王子、第二王子が消えた今、王位継承者としての責任と重圧がシルディの肩にのしかかっている。それを感じさせないのは余裕というよりも、本人の持つ気性の穏やかさが原因だろう。

「他人の心配をしている場合ですか? はいこれ、ツウィの財務報告書です。しっかり確認してどこがおかしいか報告なさい」
「え、てことは、なにかおかしいところあったの?」
「それを確認しろと言っているんですよ、私は。あなたの耳は飾りですか? 耳の穴かっぽじって差し上げましょうか」
「ちょっと待ってレンツォ、それペーパーナイフ!」

 一頻りくだらない会話で肩の力を抜いたあと、シルディは大人しく政務に取りかかった。その様子を横目に見ながら、レンツォもツウィに関する書類に再び目を通す。


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