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 冷ややかな熱が頬に触れる。撃鉄を起こす音が鼓膜を撫でた。銃口が唇をくすぐる。顔を背ければ、ロータルの爪先が腹を抉った。「起きろ!」痛みに床を転がる暇すら与えられない。
 恫喝に跳ね起き、腹を抱えながら身を起こしたラヴァリルの唇に、またしても銃口が押し当てられた。しかし今度は、強引に唇を割り開いて口の中に鉄が押し入ってくる。喉の奥まで貫かれ、その苦しさに涙が滲んだ。ロータルがひとたび引き金を引けば、特殊金属でできた弾丸が一瞬のうちにラヴァリルの喉を食い破るのだろう。
 恐怖が指先までをも痺れさせていく。伝い落ちていく涙を愉快そうに眺め、ロータルは押し込んだ銃口を軽く上下させた。

「さあ舐めろ、ハーネット。昔散々しただろう? そぅら、思い出せ。お前は一体、誰のおかげで生きていると思っている? うん? どうだ、言ってみろ」
「ふっ、う、ぁっ……、げほっ」
「薄汚い犬よりも醜かったお前を拾ってやったのは誰だ? 泥に塗れ体液に塗れ、男に媚を売ることでしかその日を暮らしていけなんだお前が、毎日綺麗な服を着て“人間らしく”暮らしていけるのは誰のおかげだ、え?」
「うぐっ!」

 口腔を蹂躙する銃口は、時折強く歯に当たって頭蓋に痛みをもたらしていく。喉の奥を突かれてえずけば、その声すら不愉快だと膝を踏み躙られた。

「しかし残念よなぁ。神の後継者が男であればよかったものを。男を惑わすのはお前の得意技だろう? なあ、ハーネット」

 封じ込めた痛みの記憶がよみがえる。
 突然引き抜かれた銃口は、唾液で妖しく濡れていた。糸を引くそれを机の上に置き、ロータルは今までとは打って変わった優しい手つきでラヴァリルの顎を掬い上げた。
 落ちる涙に舌が触れる。愛しい人とは似ても似つかない体臭に、なによりも心が悲鳴を上げた。

「あた、し、は、」
「可哀想に。お前のように穢れた身体では、好いた男に振り向いてはもらえんだろう。しかし心配するな。お前は優秀な子だ。お前を拾って本当によかった」

 そっと頭を抱き寄せられ、小さな子をあやすような手つきで背中をぽんぽんと叩かれる。
 ――ああ、この熱を知っている。

「お前を本当に愛してやれるのは私だけだ。そうだろう? たとえお前が雌犬以下の女だろうと、能無しの馬鹿だろうと、掛け値なしに可愛がってやれるのはこの私だけなんだ。他の誰がお前を見捨てようと、私だけはお前の味方なのだから」
「みか、た……?」
「そうとも。聖職者共になにを言われたのか知らんが、どうせ奴らの言うことなど霞よりも儚い。お前の汚らしさを見抜き、すぐにでも手のひらを返すだろうよ。可哀想なハーネット。お前は誰からも愛されない」
「そんなことっ」
「お前の友人達がお前に優しいのは、なにも知らないからだ。違うか? 違うと言うなら、教えてやろうか。まだ十にも満たなかったお前が、一人でどのようにして暮らしていたのかを。私に拾われたお前が、真っ先にしたことを」
「やめて! やめて、ください。お願いだから……」

 嫌われたくない。
 ミューラも、サリアも、他のみんなも、ラヴァリルにとって宝にも等しい存在だ。今さら失うにはあまりにも存在が大きすぎる。彼らと日々を過ごせることが生きがいだった。笑い合えることがとても幸せに思えた。
 優しいぬくもりを知った今、手放す未来など恐ろしすぎて考えたくもない。泥を啜って生きることなど訳もなかった。それくらいなんてことなかったのに、泥を啜る自らを示すことであのぬくもりを失うことだけはどうしても嫌だ。


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