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「……なんだ、ハーネットか」
薄暗い室内で執務机に向かっていたロータルの手には、鈍く光る拳銃が握られていた。ほんの一度だけラヴァリルに投げられた視線は再び手の中の銃に戻り、手入れを続行させる。脇に転がる弾丸は、赤黒く光を弾いていた。それが意味するところを、ラヴァリルはもう嫌というほど知っている。
――対人用の特殊金属。
あの弾丸は、容易く人の身体を貫き通す。どうしてそんなものがあるのか、どうすればそんなものを弾丸にできたのか、そこまでは教えられていない。ロータル以外にその出所を知る者の存在すら、ラヴァリルは知りえなかった。
「理事長、ねえ、リースは……?」
「いつも通りだ。なにか問題でも?」
その声に籠もる熱などありはしない。どこまでも冷淡で、会話をすることすら煩わしいと言われているようだった。
いつも通り。――だとすれば、彼はまたあの牢にいるのか。
銀の鎖で四肢を繋がれ、身動き一つできずに。身の内を食い破られるような痛みの中で、その身体を銀の刃で傷つけられ、滴る血は魔物のものと混ぜられる。そしてその血を無理やり飲まされ、また、傷つけられる。その繰り返しだ。
集められた罪禍の聖人の血は特殊な技術で魔導具に封じられ、魔物を操るそれとなる。魔物を飼うことのできる魔導具は、ロータルの手によって世界に散らばっていく。
この男は、悪魔のような道具と引きかえに、人の命を奪う弾丸を手に入れるのだ。
「……ねえ、もう限界じゃない? ユーリさん――、王様もすっごく怒ってるよ。規模から考えて、国王軍にあたし達が敵うはずないよ。謝るならきっと今の内だと、」
「ハーネット。急になにを言うかと思えば、実に面白い。どうした? あの女にそれほどまでに情が湧いたか? それとも、シャイリーを解放してほしいのか」
「あたしは、ただっ」
「ただ?」
ぎろりと見上げられ、勇みかけた足が竦んだ。ロータルの皺にまみれた手が、そっと拳銃を脇に退ける。勿体つけるような緩慢さで肘をついた彼は、冷ややかに嗤ってラヴァリルを手招いた。
逆らうことなどできなかった。身体に染みついた習性によって、蜜に吸い寄せられる蝶のごとくロータルの元へと足を運ぶ。ゆったりと編んだ髪を乱暴に掴んで引き寄せられ、慌てて机についた手のひらが何枚かの紙に皺を刻んだ。
痛みに歪んだ双眸を、ロータルは至近距離から睨み据えてくる。
「どうした? 言ってみろ、ハーネット。よもや、この私を裏切るようなことは言うまいな? そうだろう?」
「理事長、でも、あたし、――痛ッ!」
「お前は相変わらず躾がなっておらんなぁ。『でも』と『だって』は聞き飽きた。用件は簡潔に述べろと、昔からそう教えてやっただろうに」
「ご、ごめんなさ、ッ」
「『申し訳ございません』だ、馬鹿者。本当に、お前のような馬鹿は世話が焼ける」
平手で打たれた頬が焼けるように熱い。ライナにぶたれたときよりも遥かに痛い。口の中にじわりと広がる血の味に、頬の内側を切ったのだと悟る。
前髪を掴まれ、加減など一切ない手つきで仰向かされて首が痛んだ。呼吸すら苦しい体勢に構うことなく、ロータルは冷たく嘲笑う。
「こちらに回って跪け、ハーネット。もう一度初めから躾け直してやろう」
足が震えた。この部屋にはロータルとラヴァリル以外に誰もいない。駆けだしてしまえば逃げることなど容易いはずなのに、足は勝手にロータルの指示に従う。彼の足元に膝をついたラヴァリルの目の前に、鈍く光る銃身が揺れた。