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 己がどのような存在であるのか、クレシャナはしっかりと自覚している。誰がどう見ても、彼と釣り合うはずがない。俯いたまま青褪めた顔で何度も首を振っていると、青年王の笑声が落ちてきた。

「安心してくれていい。これは契約だ」
「契約……?」
「今、この国は少々厄介なことになっていてね。そろそろ王妃を迎えなければならないんだが、なかなかこれが大変なんだ。どこの娘を選んでも角が立つ。そんな中、アスラナ王の本命が君のような子どもだとすれば、熱心な貴族達も多少は諦めがつくだろう」

 くつりと笑ったユーリが、クレシャナに背を向けた。
 ――ああ、そういうことか。
 青年王との婚姻を望む者は多い。貴族達はこぞって娘を差し出し、ぜひ王妃にと声をかけるのだろう。そんな中、たった一人を選べば亀裂が生じると彼は言う。それほどまでにこの国は危うい状態なのだろうか。薄氷の上を歩くようなものだと、ユーリは自嘲気味に笑った。
 しかしこのままでは、どうして誰も選ばないのかと避難される。妃を迎えないわけにはいかない。誰か一人を特別の座に据えることができないのなら、皆同じ席に座らせればいい。――すなわち、王の愛妾として。
 王妃には貧相な田舎娘がつく。当然非難は集中するだろう。けれど、王の好みが年端もいかない貧相な娘であったのだとすれば、今まで誰も選ばれなかったことに合点がいく。
 そんなものはその場しのぎだと糾弾する者もいるだろう。真に受けた者も、そうでない者も、どちらにせよクレシャナに厳しい言葉と目を向けるだろう。
 王という肩書きを外したとしても、ユーリはとても魅力ある男性だ。そんな彼の傍らに立つことは、鋭い刃で身を切り裂かれるも同然だった。この世のおぞましいものを押し固めたような昏い世界が、クレシャナを手招いている。

「無論、君が望むなら指一本触れないと約束しよう。協力してくれるならなにひとつ不自由のない生活を保証するし、好きな男性と過ごしたいのであれば密会できる部屋も用意しよう。君には少し早い話かもしれないけれどね。私も私で、外で楽しませてもらうだろうし」
「ですが、陛下……!」
「私もあまり強引な手は打ちたくないのだよ。君の方から『うん』と言ってほしい。――受けるか、否か」

 そこに選択肢などなかった。この大国の王を前に、どうして否と言えるだろう。
 唇が糊をしたようにぴたりと貼り合わさっている。無理やり引き剥がしたところで、絞り出す声はみっともなく震えているに違いなかった。それでも答えを望まれ、クレシャナは鈍る頭でなんとか望まれるままの答えを紡ぎ出す。
 それが言葉になる直前、どくりと大きく心臓が脈打った。
 口にすれば最後、それは大きな枷となってクレシャナをこの場に繋ぐに違いない。他のどんなものよりも立派な鳥籠の中に、自ら足を踏み入れるようなものだった。

「……はい、陛下」

 「ありがたき幸せにございます」最後まできちんと音になっていたか分からない。眼球の奥が熱く燃えている。歯の根がぶつかり合い、小さくカチカチと音を立てているのが不愉快だった。
 こんなものは王の気まぐれだ。どうして分不相応にお受けしたのかと、今にも誰かに詰られるに決まっている。受けるべきではなかった。毅然とした態度で断るべきだった。そう思うのに、青海色の瞳を見たが最後、そんな決意は泡のように弾けて儚く消えていく。
 大きな手に頭を撫でられ、震える身体に苦笑された。「触らない方がよかったかな」小さく首を振れば、優しく頬に手のひらが触れる。じんわりと染み入ってくる熱は温かいはずなのに、氷に触れられたような感覚に心臓が跳ね上がった。
 触れる手は優しい。いっそ残酷なほどに。



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