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「人を傷つけることができる銃弾を使用しているだろう。ラヴァリル・ハーネットが所持していた。証拠などそれだけで十分だ。それに、あれは祓魔時、二丁の銃を使い分けていた。どうやら、対人用の銃弾は魔物には効かないらしい。これで銃弾が偶然の産物だとは言い逃れできまい」
「……よくご覧になられておりますな。それとも、それも誰ぞからお聞きになさったのでしょうか」

 飢えた獣のようにぎらつく瞳をシエラに向けたロータルが、苦々しい心情を隠そうともせず顔を歪めて舌打ちした。執務机の上で重ねられた手のひらに力が籠もっているのが、その血管の浮き具合で分かる。
 ともすれば速まりそうになる呼吸をなんとか落ち着け、シエラは指先で肘掛けを叩いた。一定の拍子(リズム)で刻まれるその音は、ロータルを不快にさせるらしい。

「後継者様。貴女は随分と聡明らしい。では、こうしてみてはいかがでしょう。貴女も薄々お気づきではないのですか? 聖職者様と魔導師が協力すれば、より退魔が楽になる。意地を張る必要などないのです。貴女が我らにご協力くだされば、勝手をしでかす魔導師達も納得しましょう。聖職者様を襲うなどといった不埒な真似をしでかす輩もじきに消えます。リース・シャイリーの血を用いた魔導具に関しましては、仰るとおり、非道なものであったと認めましょう。より効率良い退魔のためとはいえ、青少年の身を犠牲にしてよいものではありませんでした」

 「ですので、」と一度大きく息を吸い、ロータルは爽やかな笑みを浮かべた。

「リース・シャイリーを傷つけることは今後一切致しません。後継者様がご協力くださるならば、その必要もございませんので」

 協力しなければ聖職者はもちろん、リースの身が危ういと、そう言ってくる。
 政治の駆け引きなどなにも知らない身ではあるものの、シエラはふと、ユーリやエルクディアはこうした狡猾さを身に着けた方がいいのではないだろうかと思った。もしかしたらシエラが知らないだけで、もうすでに会得しているのかもしれないけれど。
 暖炉の火が爆ぜる。
 シエラがなにか言う前に、バスィールが流れるような動作で前に出た。

「心黒き者の言などお耳に入れる必要はございません、姫神様。この者の申す言葉はすべてが偽。なにゆえ、そのような言葉で姫神様のお耳を穢すのか」
「オリヴィニスの方ほど鋭くはないわたしにだって、それくらいは分かります。ご存知ないようでしたら申し上げますが、そのような脅しは通用しません。確かに人質にはうってつけの人材が揃っていることでしょう。これでは陛下も出兵を躊躇います。――ですが、オリヴィニスとホーリーは迷いませんよ」

 「ルチアにだって分かるもん!」と頬を膨らませた少女になど目もくれず、ロータルは眉根を寄せた。

「……ホーリー? お嬢さん。貴女のお国はエルガートではなかったかね」
「ええ。ですが、ファイエルジンガー家が兵を出すよりも早く、ホーリー王家が動くでしょう。クレメンティア・ライナ・ファイエルジンガーは、ホーリー王国第三王子シルディ・ラティエの婚約者です。今年中には、世界的にそれが発表されるでしょう」

 あまりにきっぱりと言い放ったその姿に、ロータルだけでなくシエラも驚いた。ちらりとこちらを見下ろしてきたライナが、「使えるものは使わないと」と吐息だけで茶目っ気たっぷりに零し、肩を竦める。
 シエラがかすかに笑ったその瞬間、理事長室の扉がノックもなく勢いよく開け放たれた。数人の教師に引きずられるようにしてやって来たラヴァリルとリースの姿に、どくりと心臓が跳ねる。彼らは二人とも後ろ手に手首を縛られ、縄で繋がれていた。
 困惑する緑柱石の双眸が、絶望を灯してシエラを見る。

「――後継者様。聡明な貴女ならば、お分かりでしょう」

 ロータルの手に握られていたものを見て、シエラは内心舌を打った。ラヴァリルにひたと向けられた銃口は、一切の迷いを見せない。
 手のひらに収まるほどの小さな銃だ。だが、それがどれほどの威力を持っているか、もう十分すぎるほどに知っている。
 ラヴァリルの顔が哀しげに歪み、それでもリースを庇うように身体を傾けたのを、シエラは見逃さなかった。

「お前がなにを望むのか、私には分からない。――私達はここを出ていく。魔導師がどういうものなのか、なんとなく分かった。その上で言う。私は――神の後継者は、魔導師とは協力しても、お前に力を貸す気は微塵もない」
「おやおや……。この二人がどうなってもよいと? 思いのほか、後継者様は無慈悲らしい」
「そこの二人は私を裏切った。慈悲をかける必要がどこにある」

 胸を張れ。顎を上げ、視線を凍てつかせろ。高圧的に、蔑むように。言葉を穢せ。闇を呼べ。
 王者の風格を、今ここに。

「いいか? 私は、リース・シャイリーの力を悪用されては迷惑だと言っている。なにもその男の助命を願ったものではない。勘違いするな、ロータル・バーナー。その二人が私の枷になるとでも思ったか」
「……では、今ここで殺したところで問題はありませんな」

 撃鉄を起こしたロータルに、シエラは震えかけた吐息をすんでのところで飲み込んだ。逃げそうになる視線を叱咤し、男を睨む。これ以上は苦しいと思った頃合いで、極彩色が視界を覆った。
 柔らかく漂う香の香りは、バスィールの僧衣に焚き染められたものだ。

「そう背に隠されるということは、後継者様は動揺なさっておいでか?」
「愚にもつかないことを。――この方の瞳に、血の穢れを映すなどあってはならぬ。加えて貴公が姫神様にそれを向けぬと、なぜ言い切れる?」

 低く嘲笑したバスィールが、すっと身体の重心を下げて錫杖を構えた。細身とはいえ、かなり重量のある錫杖だ。あんなもので頭でも殴打されれば、下手をすれば頭蓋が割れるだろう。


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