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 そんなことは誰に言われずとも理解している。だから今だって、エルクディアはここにいる。
 それでも、視界に靄がかかったように前が見えなくなった。進む先が本当にこの道であっているのか、分からなくなる。
 だから、問うた。
 それが己を傷つけると分かっていても、その上で訊ねた。

「なあ、サイラス。俺は、総隊長に相応しいか?」
「……それ、俺に訊いてどうするんすか? 相応しいっつったら安心してこのまま上に居続けんの? 相応しくないっつったら、涙を呑んでオリヴィエたいちょに譲んの? ――それとも、喜んで“あの子専属”になんの?」

 その声に、容赦はない。

「だったらもう、やめちまえよ。そもそもアンタ、王国の騎士っつーのが向いてない」


 はたして、それがすべての答えなのだろうか。


+ + +



「ライナ、ジア、話がある。もちろん、ルチアにも」

 テラスから戻ったシエラが彼らにそう告げたとき、ライナは大きく目を瞠り、バスィールは深呼吸とともに胸に拳を当てて頭を下げた。ルチアは遠くで魔導師達と遊んでいる。
 考えていることのすべてを吐露したシエラに対し、彼らは二人とも反対しようとはしなかった。互いに意見を出し合い、同じ場所を目指して導き出した結論に、シエラの心は風のない水面のように穏やかに凪いでいた。
 もうすぐ月が満ちる。時間はなかった。
 動くならば、明日しかない。

「力を貸してくれるか?」
「なにを言っているんですか、シエラ。そんなの当たり前ですよ」
「姫神様のお望みとあらば、喜んで」

 この学園に、清浄なる蒼の光を。



 背筋を伸ばせ、顎を引け。胸を張って前を見据えろ。高圧的に相手を見下せ。
 傍らにライナとルチア、バスィールを控えさせ、シエラは深々と椅子に腰掛けた状態で焦らすように足を組み替えた。髪の一房を結った筒状の髪飾りが、肘をついたときの反動で揺れる。正面に相対したロータルは、十八の少女が醸し出すとは思えぬ威圧感に僅かな驚きを見せた。
 「話があるから時間を作れ」と高飛車に言い放ったシエラに、ロータルは最初「今日は少しお時間が取れませんので」と言ってきた。だが、それは許さないと一歩も譲らず、この時間をもぎ取ったのだ。
 窓の外に浮かぶ月は、今にも満ちそうなほどに丸く輝いている。昨日テラスで見た月よりも真円に近いそれに一度目をやり、シエラは空気さえ凍る冷たい溜息を吐いた。
 自分から面会を取り付けたくせになにも言わないシエラを訝っているのか、ロータルが紅茶を一口嗜んでから笑みを貼りつける。

「後継者様。急なご用とのことですが、一体いかがなされましたのでしょうか」
「それはこちらの台詞だ、ロータル・バーナー」

 思い出せ。
 ユーリ・アスラナの気高さを。
 レンツォ・ウィズの傲岸さを。
 ベラリオ・ラティエの威圧感を。
 思い出せ。彼らの一挙手一投足を。

「……と、申されますと?」

 射抜け。
 アスラナ国王のように、慈悲で覆った眼差しで胸の内まで貫き通せ。

「とぼけるのがお上手だな。ならこう言えば分かるか? ――もうすぐ、月が満ちるな」
「後継者様、なんのお話だか私にはさっぱり……。愚鈍なこの老いぼれにも理解できるよう、お言葉を噛み砕いてはいただけませんでしょうか」

 笑え。
 薔薇色の髪を持つ秘書官のように、芯から凍える冷笑を突きつけろ。

「不穏な噂を聞いた。不可思議な道具を作っているそうだな、ロータル・バーナー」
「は……、ええ、ええ。我ら魔導師は独自に魔導具を開発し、魔物討伐に役立てております。後継者様もご存知のことかと……」
「黙れ! 詭弁はいい。リース・シャイリーが罪禍の聖人だということはもうすでに知っている。その血を利用し、故意に魔物を引き寄せていたということもだ」

 踏み躙れ。
 ホーリーの第二王子のように、相手の言葉を叩き潰してねじ伏せろ。

「後継者様……、突然なにを仰るのかと思いますれば……。そのようなこと、ありようはずもございません。確かにリース・シャイリーは聖職者様方がお疎みになられる存在かもしれませんが、当学園からすれば優秀な魔導師なのです。全身全霊をかけて守りこそすれ、利用するなどということはありえません」

 頬杖をついたままシエラは鼻先で軽く一蹴し、傍らのバスィールに視線を投げた。それを受けて、彼は胸に手を当てて深く礼をする。

「私の問いに答えろ、ジア。この男の言うことは真か偽か」
「『優秀な魔導師』、これは真と聞こえます。なれど他は、私には偽と聞こえました」
「――そういうことだ、ロータル・バーナー。これが誰か分からないとは言うなよ。オリヴィニスの高僧が真偽を感じ取る能力に長けていることは、お前も十分知っているだろう」
「これは、これは……。後継者様は随分と手厳しい」

 薄く笑ったロータルが、近くに控えていた秘書の一人に合図をした。彼が足早に理事長室を出ていくのを、引き止めることなくシエラは横目に見送る。扉が閉まる音が鼓膜を震わせ、それを追うようにロータルのひび割れた笑声が室内を満たした。
 今まで表情に乗っていた人のよさそうな笑みが一瞬にして消え去り、毒々しい笑みへと移り変わる。

「どこでそんな噂をお聞きなさったのか教えていただいてもよろしいですかな、後継者様」
「はき違えるなよ。お前は私の問いに答えるだけでいい」

 打ち据えるように言い放ち、シエラは鬱陶しそうに髪を掻き上げた。

「要求は三つ。一つ、リース・シャイリー並びにラヴァリル・ハーネットを引き渡せ。二つ、現在までに製造した穢れた魔導具を一つ残らず破棄しろ。三つ、ロータル・バーナー、その反逆の罪を認め、アスラナ王の前に膝を折り悔い改めよ」
「お友達を取り返すために必死のご様子ですな、後継者様。反逆の罪と申されますが、それは一体どういうものにございましょうか」


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