16 [ 470/682 ]


「はあ!? なんでそんな話になる!」
「え、だって、誰が見たってそういう話になるでしょ!?」

 今度はラヴァリルが目を丸くさせる番だった。「なにそれ信じらんない、一体今までなにしてたの」「え、っていうかまだなんにもなってないの!?」「シエラは!? シエラはどうなの!?」息継ぎも危ぶまれるほどの早口で捲くし立て、ラヴァリルはシエラの両肩を掴んで大きく前後に揺さぶってきた。
 脳みそが容赦なく揺さぶられ、ますますもって訳が分からなくなる。
 どうしてそんな話になるんだ。「誰が見たってそういう話になる」とはどういうことだ。

「シエラ、えるくんのことどう思ってるの!?」
「どうって、エルクはエルクだろう! 騎士長で、神の後継者の護衛で、――友人だ」

 神父服の襟の下で揺れるホーリーブルーの首飾りに手を伸ばしたのは、まったくの無意識だった。

「ほんとにそれだけ? えるくんと一緒にいて、ドキドキしたりとかしない? 独り占めしたいって思わない?」
「べつに……?」
「ずっと一緒にいたいって思わないの!?」
「それは……」

 アビシュメリナで引き離されて再会できたときのことを、唐突に思い出した。あのとき、自分はなにをした。汗と泥と血、そして潮の匂いが濃く染みついた身体に、子どものようにしがみつきはしなかったか。
 ヴォーツ城に捕らえられたときは。海に飛び込んだあのときは。
 いつだって、頭の中には新緑の瞳が揺れている。

「あ、顔赤くなってる〜!」
「うるさいっ! 今はそんな話どうでもいいだろう!?」

 力の抜けたシエラに手を差し出したバスィールの真剣な眼差しを思い出し、その触れ方が「いつも」と違うことに新鮮な気持ちを抱いていた自分まで連鎖的に思い出して絶句した。「貴女に触れる許可をお与えください」そう言ったバスィールは、触れてもシエラの心は覗けるものではないと断言し、横抱きに抱えて馬車まで運んでくれたのだ。
 逞しい腕も、高くなった目線も、厚い胸板も、どれもが「いつも」と違っていた。
 ――あのときの自分は、一体誰と比べていたのか。
 落ち着かなくなって唇を噛んだシエラに、けらけらと笑っていたラヴァリルが次第に瞳を和ませていった。囁くような声が夜に落ちる。

「シエラはさ、えるくんが傷つくのは、嫌だよね」
「当たり前だ。エルクだけじゃなく、ライナもルチアも、――お前達もだ」
「……優しいね、シエラ。だから捕まっちゃうんだよ」
「捕まったつもりはない。私は自分の意思でここに来た。帰るときも自由だ」

 そう断言すると、ラヴァリルが顔を歪めて首を振った。

「ユーリさんは……、ううん、向こうの偉い人達は、そうは思ってないんだよ。たとえシエラが自分で来たって言っても、向こうの人は魔導師側が神の後継者を人質にとったって思ってる。事実、理事長のもとにはもう何通も手紙が届いてるの。――そして今日、最後の警告文がお城から届いた」
「え?」

 そんな話は聞いていない。
 それに第一、ライナがしっかりと書置きを残していたはずだ。そのことをラヴァリルに告げると、彼女は呆れたように肩を竦めて「そんなのどうとでもできるよ」と言った。

「あのね、向こうの人は『神の後継者達を解放しなければ、王都騎士団並びに左右軍を差し向ける』って言ってきたの。国同士の戦争でもないのにその規模だよ。どれだけ本気かは分かるよね? だから理事長は、あたし達に戦闘準備に取り掛かるように命じた」
「……それを私に言っていいのか?」
「分かんない。駄目かもしれないね。てゆーか、多分駄目なんじゃないかなぁ。ううん、きっと、ぜーったい駄目」

 ラヴァリルはなにを考えているのだろう。この学園に来いと言ったのは他ならぬ彼女だ。それなのに、今の話ではまるで早く戻ることを促しているようにも聞こえる。
 真意を問おうとしたシエラの言葉を遮るように、彼女は大げさに「あ!」と手を叩いた。

「そうだ、約束だったよね! ここに来てくれたら、この銃弾の出所を教えるって」

 ラヴァリルの手に握られていたのは、美しい銀色の銃だった。薔薇の彫刻が浮かんだその中に、あのおぞましい金属が眠っている。ラヴァリルは決して銃口をシエラには向けようとせず、そのまま腰の拳銃嚢(ホルスター)に収めた。
 頭上で一つ、もうすぐ満ちる月の傍らに星が流れた。

「――これね、あたし達はどういうものかよく知らないの。ほんとだよ。理事長がどこかの国から仕入れてる。……あたし達の技術と引き換えに」
「お前達の技術?」
「クラウディオ平原の鏡を覚えてる?」
「割れた鏡か? あの妙な気がしていた……」

 バスィールが示した場所に落ちていた、血で汚れた呪詛の欠片のようなもの。彼ははっきりとそれを「悪しきもの」と呼んだ。

「そう、それ。あれはね、魔物を引き寄せる装置なんだよ。血の穢れを纏った魔導具。……あれを使えば、魔物が飼えるの」

 パキン。
 どこかで氷が割れる音がする。
 
「飼えるって、まさかそんなことが……」
「もちろん、ペットみたいにできるわけじゃない。言うことを聞かせられるわけじゃない。だけどね、おびき寄せて、檻の中に閉じ込めることはできる。そして、多少は大人しくさせることも」
「どうしてそんな真似が」

 声が掠れた。目の前が揺れたのは強い風が吹き抜けたからか、それとも自分の足が情けなくも身体を支えることを放棄したのか、どちらだろうか。
 急に寒気が増した。思わず空を見上げたが、雪は降ってこない。

「知ってるんでしょう? ――リースのこと」
「まさか……」

 ――なぜ笑う。
 どうして、そんなにも悲しい顔で笑う。
 そんな顔はあまりにも似合わない。ラヴァリルは天真爛漫で、いつも笑顔で走り回っていた。シエラよりも年上とは思えないその無邪気さを思い出し、きっとルチアとも気が合うだろうと帰りの船で考えを巡らせていたのに。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -