15 [ 469/682 ]


「エルク。……私のために、走っておくれ」

 シエラ・ディサイヤではなく、ユーリ・アスラナのために。
 酷なことだとは分かっていても、友人としてそれを頼んだ。新緑が歪む。
 ――ああ、そうだね、私はずるいことをした。
 国王としてではなく友人としての発言に、心優しい竜騎士は一度瞼を伏せた。胸の奥で暴れる激情に蓋をして、震える吐息を零し、そしてようやく彼は目を開ける。

「――謹んで拝命いたします、陛下」

 それが、王都騎士団総隊長エルクディア・フェイルスとしての答えだった。


+ + +



 シエラ達と最初の祓魔から数日。
 あれから何度か討伐に向かい、また、学園内の練習場において、彼女達は他の魔導師と組んで討伐訓練を行っていた。魔導師が魔物の体力を削り、祓魔師が浄化する。そんな流れが自然と定着し始めた折のことだ。
 ラヴァリルは理事長の呼び出しを受け、その部屋で再び唇を噛んでいた。



「ライナ、正直思うんだが、聖職者と魔導師の組み合わせであたる祓魔、効率がよくないか?」
「……あっさり認めてしまうのは少し悔しい気もしますが、そうなんですよね。魔導師さんが倒した魔物も、すぐに浄化すれば二次被害を防げますし……」

 お互いが協力できれば、聖職者が懸念する問題も解決できる。魔導師は聖職者同様、対魔物戦の技術を叩き込まれた専門家(プロ)だ。体力の乏しいシエラからすれば、彼らが余力を削いでくれれば祓魔の際にかかる負担が軽減できて助かる。
 この学園に滞在して二十日ほど経った。その間にラヴァリルとリース以外の魔導師とも交流するうちに、ルチアはすっかり彼らと打ち解けていた。無邪気な幼子の姿に、生徒達も好感を覚えたらしい。今では「ルチアちゃんルチアちゃん」とあちこちからお呼びがかかるようになっていた。
 現に今も、ルチアは談話室で大勢の生徒達に囲まれて盤上遊戯を楽しんでいる。

 暖炉の火が爆ぜる音を聴きながら、シエラはライナが用意してくれた紅茶を啜った。冷えた身体を温めるにはうってつけだ。
 「あっ、リル!」突然誰かが明るい声を上げ、談話室の入り口に向かって手を振る。目で追った先に、制服から着替えたラヴァリルが笑顔で手を振り返していた。
 学園内での様子を見ていれば、ラヴァリルがとても慕われている存在だということがありありと分かった。彼女の周りにはいつも誰かがいて、楽しげな笑い声を響かせていることが多かった。
 そんなラヴァリルが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。三人の視線を一身に浴びた彼女は、ほんの一瞬怯むような様子を見せたが、すぐに明るい笑みを取り戻した。

「シエラと二人で話したいんだけど、いい?」

 「二人で」という言葉に、ライナが警戒の色を宿す。それを感じ取ったのか、ライナがなにか言うよりも先にラヴァリルが首を振って苦笑した。

「だいじょーぶ。酷いことなんてしないよ。そこのテラスで夜景見ながらちょっと話すだけ。えっと、バスィールさんだっけ? あなたには、あたしの言葉が嘘かどうか分かるんだよね? どう、これは嘘に聞こえる?」
「――否。真であると聞こえる」

 バスィールが断言するのならそうなのだろう。
 ライナにもそれが分かったのか、「風邪を引かないように気をつけてくださいね」と笑って送り出してくれた。以前のライナなら、絶対に駄目だと言い張るか、自分もついていくと言って聞かなかっただろうに。
 コートを羽織り、ラヴァリルに導かれるままに夜のテラスに出た。痛みさえ覚える冷たい空気が頬を刺すが、備え付けのランタンに火を灯すとほんのりと暖かくなったように感じる。
 テラスから見下ろすリヴァース学園は、アスラナ城に比べれば明かりなどほとんど見られなかった。遠くには城下町の明かりが見えるが、庭園に松明が掲げられているわけでもないため、この辺り一体は真っ暗だ。頭上には冬の澄んだ空気によって、より一層輝きを増した星々が浮かんでいる。
 この暗闇の中、少ない光源で十分に浮かび上がる金髪の持ち主は、手摺りに肘をついて「急にごめんね」と笑った。

「ねえ、シエラ。あのさ、……あー、えと。そうだ、しばらく会ってなかったけど、ホーリーはどうだった?」
「綺麗な国だった。空も、海も、人も。――お前もホーリーの生まれだそうだな」
「うん。とはいっても、生まれてすぐにアスラナに来たから全然知らないんだけどね。一回行ってみたいなーとはずっと思ってたの」

 この話が本題ではないだろうことは薄々気がついていたが、シエラとラヴァリルは他愛のない話を続けた。
 美しい青空に、青い海。人魚が歌い、花びらが舞う。活気に溢れたディルートの町と、心優しい王子様。あの国は、シエラに世界の広さを教えてくれた。

「いいなー。思い出たっぷりって感じ! ……で? シエラはさ、えるくんとどうなったのー?」
「どう、とは?」
「だからぁ! 付き合ったりとかしてるの? ……あ、絶対意味分かってないでしょ。二人はもう恋人なんですかぁー?」

 問われた内容が理解できず、与えられた情報を両手に抱えてどこに運べばいいのかと立ち往生している状態になった。どこに持って行けば上手く処理してくれるのだろうか。抱えたものをなんとか頭の中に収めた瞬間、シエラはぎょっと目を剥いた。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -