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 神の後継者達が城を離れてから、もう十日が過ぎた。「魔導師学園側は彼女達を人質に取ったのだ」と声高に叫び、責任の所在を問う声が、今も耳に残っている。
 中でもエルクディアを責め立てる声は一際大きく、「王都騎士団総隊長の解任も視野に」との申し出が一つや二つではないのが現状だった。隊長格がそれを是としないためにまだ遠い話ではあるが、首の皮一枚でなんとか繋がっていることには変わりない。

 魔導師学園側は「後継者様は自らのご意志でお越しになりました」などと主張しているが、返還要請に応じないのでは人質に取られたも同然だ。ユーリもその対応に追われ、ここ最近はまともに寝台で眠った記憶がない。
 さらに悪いことに、調査によって、魔導師側はベスティアに船を出したとの情報が得られた。
 ――よりにもよってベスティアか。予想の範疇内とはいえ、あまり当たってほしくなかった考えに、頭と胃がずきりと痛む。まだ確実に繋がったわけではない。ここで判断を固めるのは時期尚早すぎるが、それでも魔導師とベスティアの関与が濃厚になったと考えて間違いないだろう。
 アスラナのブリギッテ地方とリンベーグ海を挟んで向かい合う国、ベスティア。残虐王と名高いフィリップ・バウアーの統べるかの国は、黒き獣の国と他国から怖れられている。武力に最も重きを置き、その兵力たるや大国アスラナとも引けを取らないと称されるほどだ。

「あんな武器を手に入れた獣の国を相手取るのは、我が国の王都騎士団と言えども難しいかい?」
「大規模な戦になるとしたら、正直そうだろうな。各隊長、将軍達が連日軍議を重ねているが、解決策は見えてこない」
「アルオン家で解析を進めてもらってはいるが、なかなか難しいらしい。彼らもそれが本職ではないから、仕方がないんだろうけれど」
「シエラは無事なんだろうな」

 逸る気持ちは抑えることが難しい。
 固い声音で問われた一言に、ユーリは憐憫を含んだ眼差しを向けた。
 青年王自身も年若いと言われるが、エルクディアはそれ以上に若いのだ。いくら王都騎士団総隊長という大役を担っているとはいえ、彼はまだ二十年ほどしか生きていない。
 日に当たれば輝く金髪の隙間から、新緑の双眸が覗く。生命の息吹を感じさせるはずのその色は、今はどこか薄暗い。

「ライナ嬢にホーリーの毒姫、それにオリヴィニスの高僧が一緒にいるんだ。無事でないはずがないよ。特に今の状況を思えば、マクトゥーム殿がいる場所以上に安全なところはない」
「どういう意味だ。あの人はそんなに強いのか?」
「彼自身の戦闘能力がいかほどかは知らないよ。けれど、シャガルの位にいる僧侶だという時点で、おおよそは見当がつく。……私も先王から聞いただけで、詳しく知っているわけじゃない。けれど、あの国が他の国と異なるのは明らかだ。獣以上に鋭い勘を持つのは高僧に限るらしいが、それにしたって他国から見れば脅威でしかない」

 いかに閉ざされた国であろうと、僅かな情報は入ってくる。ユーリが即位してからも、二度ほどオリヴィニスに使者を向かわせたことがあった。結果は言うまでもないが、先代からの噂が事実だったということが分かっただけでも収穫だった。
 一切の侵攻を許さない、鉄壁のオリヴィニスの地。その国の僧侶が持つ力は計り知れない。

「勘って言っても……」
「実際に見たんだろう、エルク。彼が破片に触れ、見事他の場所にあるそれを言い当てたところを。彼らは我々にはできないことをあっさりとやってのける。彼らの防衛力は武力がすべてではないんだ。人並み外れた危機察知能力で、危険を回避しているんだよ。その彼がいる時点で、蒼の姫君が危険に晒されることはまずありえない。――人が相手なら特にね」
「……シエラのことだ、魔導師と一緒に魔物の討伐に出るとか言いかねないぞ」
「その場合はライナ嬢が支えになる。魔導師達も、そう簡単にあの子を傷つける真似はしないだろう。あまり心配しすぎるのも身体に毒だよ、エルク」

 バスィールは、神託を授かったと言っていた。神の啓示によって、シエラを守ることを任されたのだと。
 彼は、シエラのためだけにこの国にやって来たのだ。いわば、彼女のためだけにここアスラナに存在する。影のように忠実に付き従い、バスィールは彼女を守り抜くだろう。
 ――それは、ユーリの眼前で眉間に皺を刻む友人が、最も望んでやまないことに違いなかった。けれど、エルクディアにそれは許されない。彼の“第一”は、神の後継者ではないのだ。そしてそのことを、彼は誰かに言われるまでもなく一番理解していることだろう。だからこそ、その表情には苦いものが滲んでいる。
 慰めも励ましも望んでいないことは明らかだったので、ユーリはゆっくりと法衣を翻して彼の向かいに座った。

「学園側には最後の警告をした。神の後継者達を早々に城に送り届けるように、と。これで動きがなければ、エルク。キミの出番だよ」
「……分かってる」
「王都騎士団総隊長としての働きを期待している。――キミの首を繋ぐためにも」

 いくら非情と言われようと、伝えなければならない言葉だった。もうこれ以上、余計な私情は挟めない。国の頂点に立つ者として、そんな甘えは許されない。
 それは分かっていても、今だけは友人として、俯く頭に手を伸ばした。柔らかな金髪が指の間を擦り抜けていく。見上げてくる瞳は尖ってばかりで丸みなどなくなっていたが、それでこそ「竜騎士」に相応しいと苦笑する。


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