2 [ 2/682 ]


 王都には、少なくともここ十年は聞かなかった警鐘が甲高く鳴り響いていた。カァンカァンと絶え間なくアスラナ城の鐘楼から打ち鳴らされる鐘は、魔物の襲来を告げている。
 現アスラナ王が即位してからというもの、魔物がアスラナ王国王都クラウディオに姿を現すことなど滅多になかったというのに、ここ二、三日前からリロウの森からやってきた魔物が大量に王都に出現し、聖職者の手を煩わせていた。

「ちくしょう、なんで“王都に”魔物が現れんだよ!」
「早く逃げろ! 家ん中に籠ってりゃ、聖職者さまがなんとかしてくれる!! ほらっ、急げ!!」

 血相を抱えた住民が次々に建物の中へと逃げ込むのとは対照的に、銀髪の聖職者達が列をなして大通りを駆けていく。
 アスラナ王国――特に王都は聖職者の数も多く、優秀な者が城に集まっている。今までならば十分少数の討伐隊で対処できたのだが、今回は勝手が違った。
 王都へと飛来した魔物、それはかなりの低級のものだったが、空一面を覆い尽くすのではないかと懸念するほどの群集でやってきた。暗く陰った空を見上げ、王都は一気に混乱状態となった。
 民衆の安全を確保するため街中で警鐘を鳴らし続け、人々は部屋に篭って神官が張る結界に包まれ身を震わせている。
 外では祓魔師が魔物を倒しているが、あまりの数に手が回らない。人手不足のせいで、騎士や兵士までもが戦闘に借り出される羽目になってしまった。



「困ったね。……明日が、彼女を迎える日だというのに」
「護衛に向かう騎士の人数も減らすしかないだろう。祓魔師は……」
「無論、王都にいる祓魔師はすべて街に出てしまっているよ。それでも足りないくらいでね。まったく、これもあちら様の策略かな」

 くすりと苦笑した銀髪の青年は窓枠にもたれかかっていた身体を起こすと、青海色の瞳を細めて口元に手を当てた。
 きゅうと吊り上った唇の端が目に入り、彼の前に立っていた――ちょうど、少年から青年へと移り変わる頃合の――騎士は眉根を寄せる。
 不謹慎だと言いたげな騎士の視線を受けてより一層笑みを深くした青年は、よく通る声を自慢げに奏でると、さらりと不揃いの銀髪を肩に流してみせた。

「確かに安全のためには、祓魔師が必要かもしれない。けれどね、エルク。あの魔物達は明日の朝までには片付くよ、きっとね」
「だったら一人くらい連れて行っても構わないだろ? ライナだって――」
「どうしても不安なら連れてお行き。キミが不安なのだったらよほどのことだ。私も止めはしないよ、いくら人手不足で祓魔師を一人でも多く確保したい状況であったとしても、ね」
「……最大級の嫌味、感謝するよ」
「おやおや、最大級だなんて心外だね」

 明らかな挑発に乗るようではいけないと冷静に訴えてくる部分と、ふつふつと湧き上がる怒りと矜持の両方が相まって若き騎士はぎりりと唇を噛んだ。
 わしゃわしゃと光を弾く金髪を掻き乱し、新緑の色によく似た瞳を鋭くして眼前の青年をねめつける。
 一方で青年は飄々とした風情でそれを受け流すと、純白の法衣の裾を揺らしながら騎士の前まで歩を進めた。
 歩くたびに揺れる胸元のロザリオが涼しげに歌い、中心に填め込まれたエメラルドの石がきらりと輝く。
 純銀のそれは聖職者にとって欠かせないもので、中心に填め込まれた石は法石と呼ばれ、聖職者一人ひとりの力を最大限に発揮させる適石である。
 己の瞳と類似した色合いの石にちらりと視線を送った騎士は、小さくため息をついて机の上に広げられた書類を何枚か手に取った。

「リーディング村、か……」
「さてさて、エルク。自信の程は?」

 にこりと微笑む青年の挑発に、騎士は乗るものかと思っていた。しゃんと背筋を伸ばして彼を見据え、机の上に半ば叩き付けるようにして書類を置けば、微塵も怯んだ様子など見せず青年は騎士の言葉を待ち続ける。
 いつの間にか椅子に腰掛けていた青年が頬杖をついて騎士を見上げ、くるくると零れてきた己の銀髪を指に絡ませては解くという遊びを繰り返している。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -