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 当然のことながら、リヴァース学園内はアスラナ城とはまったく異なる雰囲気でシエラ達を迎えた。どこにいても視線が突き刺さり、遠巻きに見られているのをひしひしと感じる。
 部屋でひと眠りし、学園内の食堂で遅い朝食をとっていたシエラ達は、あちこちから向けられる好奇の視線に容赦なく晒される羽目になっていた。蒼い髪に金の瞳という神の後継者の特徴は、あまりにも目立ちすぎる。世界にたった一人しか持ち得ない配色なのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。だが、シエラ以上に目立つのがバスィールだった。
 他の男子生徒と比べても頭一つ分背の高いバスィールは、その長身に極彩色の僧衣を纏い、細やかで美しい刺青(しせい)を顔や腕に彫り込んでいる。金褐色の肌に流れるのは、腰まである美しい銀髪だ。彼自身は物静かで落ち着いているが、これで目立つなと言う方が酷な話だった。オリヴィニスの僧侶という噂はあっという間に出回っているらしく、その物珍しさは神の後継者よりも上かも知れない。
 加えて、一目で聖職者と分かるライナに、この集団には不釣り合いなほど幼い少女のルチアがいる。どう足掻いても注目を集める四人組に、案内役のラヴァリルも驚きと呆れを混ぜ合わせ、大きな目をさらに丸くさせていた。
 突き刺さる視線は煩わしいことには違いないが、さすがに慣れもあって、シエラは気にせず林檎のジャムを掬ってパンに乗せた。口に入れた瞬間、ほどよい甘みが広がって優しい香りが鼻から抜けていく。城で出される朝食に比べれば遥かに質素だが、正直に言えばこちらの方が舌に馴染んでいる。
 僧侶ということもあってバスィールのことが気にかかったが、どうやらアブヤド教には食に関する戒律はあまりないらしい。「自然の植物は自らの手で採取・収穫してはならず、他者の手により頂かねばならない」らしいのだが、食卓に出されたものに関しては制限がないそうだ。
 肉食も可能だそうだから、食事に際して困ることは特にないとの話だった。

「賑やかだねぇ」

 口の端にパンくずをつけたルチアが、遠巻きにこちらを見る生徒達を見て笑った。無邪気に手を振られ、慌てて人だかりが散っていく。つまらなさそうに唇を尖らせる少女に、ラヴァリルが苦笑した。
 珍しい表情だと思った。屈託のない笑みばかり見ていたからか、こうした表情を見ると別人のように思えてならない。シエラよりもいくらか年上の彼女は、年相応の眼差しをルチアに向けていた。

「そりゃあね。神の後継者に聖職者、それにオリヴィニスのお坊さんまでいるんだもん。しかもよりにもよって銀髪のね。みんな気になっちゃって、授業が手につかないって大騒ぎしてたよ」
「ルチアは〜?」
「もちろんあなたも。ホーリーのお姫様だっけ?」
「ううん、ルチアはね、お城にいたけどお姫さまじゃないんだよ。でもね、おーじさまとはすっごく仲良しなの!」

 「いいなー」とラヴァリルが笑って返すと、食堂の入り口に人波を掻き分けてやってくるリースの姿が見えた。途端にラヴァリルがぱっと顔を輝かせ、ライナが一切の表情を掻き消す。
 長い足であっという間にシエラ達のいるテーブルにやってきた彼は、優雅に椅子を引いたライナを怪訝そうに見た。

「避けないでくださいね」

 それがなにを意味するのか、シエラには瞬時に読み取れた。
 そこから先は、止める暇などなかった。
 必要最低限の反動をつけた手のひらが、リースの頬をしたたかに打ち付けた。衝撃で眼鏡が弾け飛ぶ。そのあまりの光景に、遠巻きに見ていた生徒も含めて誰もが言葉を失った。
 衝撃に任せて背けていたリースの唇の端が、赤く滲んでいる。どうやら僅かに切ったらしい。手首に近い掌底部を押さえるライナを見るに、どうやら手のひらというより骨の部分で強く顎を打ったようだ。ラヴァリルのときは、明らかに振りかぶり方が違った。
 静寂が食堂を満たす。

「ラヴァリルにも同じことを言いました。貴方にも言っておきます。――次は決して許しません」

 真顔よりも眉を吊り上げるよりも遥かにぞっとする冷えた微笑に、リースは顔色一つ変えなかった。そのままなにも言うことはなく、黙ってラヴァリルの隣の椅子を引く。リースが着席したことを皮切りに、凍りついていた空気もぎこちなくではあるが溶けていった。
 落ち着かない様子で自らの指を絡めながら、ラヴァリルが小声で問う。

「あの……、ねえ、シエラ。その……、ほんとに一緒に行くの?」
「ああ。理事長にはすでに話をつけてある。なにか問題でも?」
「だってそんなの前代未聞だよ。魔導師と聖職者が一緒に行動するなんて!」

 ラヴァリルの声は悲鳴にも近かった。
 シエラ達はもうすでに、ロータルと話をつけてラヴァリルとリースの退魔に同行することが決定している。
 「信じられない」と嘆くラヴァリルに、ライナが呆れるよりもどこかおかしそうに目元を和ませた。

「では、今までわたし達が貴方達と行ってきたのはなんだと言うんですか?」
「そ、それはそうだけど……。でも、今と前とは事情が違うじゃん! あたし達は……仕事だったから、その……」

 歯切れの悪い物言いも、ラヴァリルには似合わないように思う。
 魔導師側にやって来いと言ったのは紛れもなく彼女なのに、実際にこうしてやって来てみれば狼狽した様子を隠せないでいる。泳ぐ緑柱石の瞳を正面から捕まえて、シエラは柳眉を寄せた。


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