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「その様子だと、騎士団内じゃ相当ややこしそうだな」
「そんな言葉で片付かないくらいにはやばいっすよ。もうね、ほんっとちょーやばい」

 十番隊の中ですら、今の総隊長に疑問の声を上げる者もいる。エルクディアが総隊長の座についたことに好感情を持っていなかった八番隊リーヴラや九番隊スコーピオウは、どんな様子かわざわざ言うまでもない。
 左右双軍にいたっては、自分達の直属の上司でない分、もっと明け透けに物を言う。あんな若造になにが務まるのかと、声を潜めもせずに口にする。
 それが貴族達に聞こえると、彼らは今の王都騎士団長に疑念を抱く。言葉通り、彼には務まらないものとして考える。戦場を駆ける竜騎士の手腕を見たことがない者達が、「役立たず」と彼を詰るのだ。

「総隊長(トップ)の首が挿げ替わるとしたら、次は誰になんだよ」
「今までどーりいくんだったら、六番隊のオリヴィエたいちょかな。つーか、今そんな物騒な話しないでくんない? マジ心臓に悪い」
「その割には迷いなく答えてんじゃねぇかよ」
「俺は端的に事実を言っただけですぅー。や、もうね、ほんっともう、今回ばっかりはまずいんだって。ホーリー行ってるときに散々よくない噂流れてきて、やっとこ払拭して帰って来たかと思えばこれだもん。マジ最悪。そーたいちょの評価ダダ下がり」

 彼らのホーリー遠征の折、エルクディアによる第二王子殺害の噂が流れてきたときも、中央は大きく揺れた。あのときはユーリが上手く抑えてくれたが、今回ばかりはそうもいかない。むしろ、彼らが日頃親しい友人関係にあることが、余計に立場を悪くさせている。

「さすがにへーかをどーのこーのは出来ないから、その分そーたいちょに矛先が向く。馴れ合いだなんだって、今頃めっちゃ責められてんだろなぁ」

 ユーリもエルクディアも、それなりに場数は踏んでいる。実力だって確かにその手に握っているのだ。
 だが、彼らが若いということもまた、変えがたい事実であった。

「そーたいちょ、マジやばいってこれ……」

 今にも白い小花が降ってきそうな曇天を見上げ、サイラスは苦く一人ごちた。
 この世界には不思議な力が溢れている。聖職者の法術然り、魔導師の魔術然り、魔女の魔法然り。ただの人であるサイラスからは考えられもしないような不思議なことがあっさりと目の前で行われるのに、どういうわけかそんな“不思議”で解決してほしい事柄だけはどうにもならない。
 指を鳴らせば花が降り、言葉一つで炎が生じる。ならばなぜ神の後継者の一人くらい取り戻せないのかと考えかけて、サイラスは小さく首を振った。あまりにも馬鹿馬鹿しい考えに、自嘲気味な笑みが漏れる。

「あ? どうした、にやついて気持ち悪ィ」
「フォルト。お前は本当に躾がなってないな」
「黙れクソ虎野郎。テメェの方が躾られろ」
「……そいや、なんでヴィシャムさんが“虎”なの? フォルトの“野犬”は分かるけど」

 「ンなもん分かるな」と唸るように吐き捨てて、フォルクハルトがヴィシャムのシャツの袖を引き裂いた。当たり前のように行われたそれに、サイラスは一瞬反応が遅れた。
 ボタンを外して捲り上げればいいだけのものを、どうして力づくで裂く必要があるのだろう。ぽかんと間抜けに口を開けたサイラスに、フォルクハルトが面倒くさそうにヴィシャムの腕を突きつけてくる。
 程よく筋肉の乗った腕を見せられたところで、男に見惚れる趣味はない。なんだなんだと眉を寄せれば、察しの悪いサイラスに苛立ったのか、野犬と呼ぶにふさわしい男が剥き出しの二の腕を叩いた。

「これだよ、これ。見ろ、虎みてぇだろうが」

 聖職者という肩書から考えれば十分すぎるほど鍛えられた上腕部に、獣の爪痕のような傷が残っている。それは確かに、虎の模様のようにも見えた。

「これが両腕にあんだよ、コイツ。しかもどっからどう見ても肉食獣だろ。人相の悪ィとびきり凶暴なやつ」
「傷跡を見せるためだけに人の服を破く人間に、凶暴だのなんだの言われたくないな。一言脱げと言えばいいだろうが」
「なんでテメェにンな気持ち悪ィコト言わなきゃなんねぇんだ」
「お前が可愛くお願いしてくれるなら、上でも下でもいくらでも脱いでやるさ」
「よし分かった、サイラスお前今すぐコイツの頭射抜け」

 真顔で弓を手渡してきたフォルクハルトに、サイラスは苦笑で返すより他になかった。聖職者でも変り種と評される彼らに知り合ったのはつい先日の話だが、それだけで十分彼らの変わり具合がよく分かる。
 一見すれば仲が悪いだけのように見えるが、長年相棒をしているだけあって気が合うのだろう。到底そうは見えないけど――と、胸中でひっそりと呟いた。

「つかよ、お前、今のうちに怪我しといた方がいいんじゃねぇの? そしたら堂々と引っ込んでられんだろ」
「なんだ、心配してくれてるのか」
「死ね虎野郎」
「なになに、なんの話?」

 興味本位で首を突っ込んだことを、サイラスは直後に後悔することになる。
 なんでもないような顔をして、フォルクハルトがヴィシャムを指さした。

「ああ、コイツの女、魔導師なんだよ」


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 世界は常に、色に溢れているのです。
 あなたの世界は、一体何色に輝いているのでしょうか。
 ――わたくしの世界は、常に青く輝いておりました。



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