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 少女はシエラを見て驚き、素直にここまでついてきた。彼女の清廉な雰囲気からは、聖職者の血を使ってどうこうなどといった禍々しさは感じない。ゆらゆらと揺れる不思議な神気が立ち込めているだけだ。
 彼女はヒナナと名乗った。思った通り、遠い地からやってきたらしい。

「突然で申し訳ないのですが、シエラが――、こちらの神の後継者が、貴方から不思議な神気を感じたために、声をかけさせていただきました。神気は魔物を引き寄せて危険を招くこともあるんです。見たところ、聖職者ではあられないようですが、心当たりはありますか?」

 ヒナナはシエラを見つめ、ぽつりと「神の後継者……」と零したあと、穏やかな微笑を浮かべて頷いた。

「私は蛇神様にお仕えする巫女。おそらくは、蛇神様の気がこの身に染みているのかと」
「蛇神!? お前、蛇神を知っているのか?」
「はい。我らが神にございます。……それが?」
「わたし達はその蛇神を探しているんです。この地の海神、ルタンシーンの神器が蛇神によって壊されてしまったらしく……」
「まあ……。もしや、それでこの長雨なのでございましょうか」

 憂い顔で溜息を吐き、ヒナナはか細い指先で口元を覆った。上品な仕草だ。頭に飾られた簪がしゃらりと音を立てる。「申し訳ございません」弱々しく、けれどはっきりとそう謝罪され、なんと答えたらいいか分からずに、シエラはただ首を振った。
 しかし、この少女が蛇神と関係のある者だというのなら話は早い。ヒナナに頼んで蛇神を連れていけば、ルタンシーンの機嫌も少しは治るだろう。

「蛇神様は、現在この地に逃れ、姿を隠しておられます。お戻りいただくために探しに来たのですが、共に来たてて様までどちらかへ行ってしまわれて……。これ以上のご迷惑はおかけしたくないのですが、お役に立つこともできそうにないかと」
「お前が巫女だというのなら、呼び出すことはできないのか? あるいは、気配とか……」
「お恥ずかしい話ですが……。蛇神様は、かねてより隠れ鬼の得意な方でおられまして」

 ヒナナの大人びた横顔に嘘はない。どうやら、楽をして蛇神を見つけ出すことはできそうにもなかった。
 三つ指をついて頭を下げられ、ライナが慌てて顔を上げさせる。

「ねぇ、そのテテってひとも迷子なのー?」
「いいえ。おそらくは、息抜きに散策なさっているのでしょう。外へ出るのは久しゅうございますから。あの、しかし――」
「ふぅん。どんなひと〜?」
「外見ですか? 背の高い方にございます。ええと……、そちらの殿方と同じか、少し上くらい。お顔には、このように、左目に傷が」

 ヒナナは、自分の左目の上を指で縦になぞって言った。ルチアが「かっこいーい」とはしゃいだ声を上げる横で、シエラの動きが止まる。
 ――長身で、左目に傷のある男? ディルートの路地裏で、シエラを助けたのは誰だったか。背の高い男だった。髪は長く、頭の高い位置で結い上げ、大剣を背負った男。その男の顔には、確かに傷がなかったか。 もし、ヒナナの言うテテという男があのときの男なら、不思議な神気にも頷ける。あれも蛇神のものだったのだ。あのときにはもうすでに、ディルートの地に蛇神がやってきていたのだろう。
 歯噛みするももう遅い。蛇神の――あるいは、それに近しい者が放つ神気を知ることができただけでも、十分な収穫だ。
 ヒナナは蛇神を見つけ次第、ロルケイト城に連絡することを約束してくれた。宿に泊まらないのかと訊いたが、彼女はこのまま蛇神の捜索に戻るのだという。

「でも、こんな子供が夜にうろついていたら危ないだろ。部屋の空きがあるか聞いてくるから、ちょっと待ってろ」
「その方がいいと思います。エルク、頼みますね」
「いえ、大丈夫ですよ。それに、泊まるあてはございます。お気遣い、心より感謝いたします」

 深々と頭を下げるヒナナは、それだけを言うと荷物を抱えてエルクディアの脇を擦り抜けようとした。

「ちょっと待って! 泊まるあてがあるなら、そこまで送るよ。小さい女の子一人で歩かせるわけにはいかない。この村に知り合いがいるのか?」
「本当にありがとうございます。ですが、お気持ちだけで結構です。――当方、もう、幼子(おさなご)ではございませぬゆえ」
「ヒナナって何歳なの〜?」
「よくぞ聞いて下さいました。私、二十六にございます」

 「え」と「は」という音が、綺麗に四人分重なった。満足げにころころと笑うヒナナは、どう見たって十かそこらの少女にしか見えない。つるりとした額も、ふっくらとした頬も、子供のそれでしかない。からかわれているのかと思ったが、嘘をついているようには見えないのだから不思議だ。
 言葉を失ったエルクディアの手を握り、ヒナナは恭しく頭を下げた。

「蛇神様にお仕えする巫女として、この外見も含め、少々、“不思議”も嗜んでおります。この地へ赴いてから、今までただの一度も危険はございません。心配はご無用。あなた方に、神々の守護がございますように」

 品格の高さを伺わせる物言いの中に茶目っ気を含ませ、ヒナナはくるりと踵を返した。止めなくてはと思うのに、なぜか声が出ない。
 宿を出る直前で、彼女はなにかを思い出したように振り返り、ぱたぱたと小走りで戻ってきた。
 何事だろうか。黙って見つめていると、ヒナナがルチアの手を取った。

「私、占いが得意なんです。あなたからは強い気を感じます。そのことだけ、少しお伺いしたく思うのですが、よろしいですか?」
「え? うん、別にいーよ?」
「感謝いたします。――お名前は?」
「ルチアだよ。ルチア・カンパネラってゆーの」

 ヒナナは穏やかに目元を緩めて、首から提げた珠の首飾りを取り出した。翡翠の勾玉だ。丈夫そうな革紐に通されたそれを手の中で握り、彼女は瞳を閉じる。

「ルチアさん。あなた、なにかを強く探しておられますね。――無論、皆様がお探しになられている、蛇神様とは別に。……お人でしょうか」
「すっごぉい! なんで分かるの? ルチアね、にーさまを探してるの! ルチアに似ててね、あっ、でもね、ルチアよりも髪が長いんだよ!」
「お兄様の、お名前は?」
「ファウスト! ファウスト・カンパネラ!」

 当然のようにエルクディアの眉間にしわが刻まれたが、不思議なことに、ヒナナもまた、苦しげな表情を見せた。椅子に座ってぶらぶらと足を揺らしながら、ルチアは楽しそうにヒナナを見上げている。
 ヒナナはゆっくりと、けれど巧みに、ルチアからファウストの話を聞きだしていった。その話は、シエラ達にとっても初耳のものばかりだった。
 幼い頃に両親に捨てられ、ホーテンに拾われたこと。ホーテンの元で育ち、やがてベラリオの元へ行ったこと。兄妹二人は常に共にあったこと。

「ルチアさん、お誕生日をお聞きしてもよろしいですか?」
「初花月(二月)の二十五日だよぅ。ヒナナもお祝いしてくれるの?」

 エルクと近いな。そんなことを、ふと思った。ライナも同じことを考えたらしい。紅茶色の瞳と目が合って、二人で小さく笑った。


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