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 今頃、アルオン家所有の研究施設に持ち込まれた弾丸が、優秀な医者、研究者らによって解析されていることだろう。新種の金属が見つかったとなれば、それは世界を大きく変える。お願いだから、なにかの間違いであってほしい。
 この大きくて優しい手の持ち主が、あんな小さな弾に貫かれて苦しむ姿は絶対に見たくない。
 もし、あの場で二人を止めることができていれば。揮発性の鎮静剤だってソランジュは所持している。あれを使えばなんとかなったかもしれない。考えれば考えるほど己の情けない部分が見えてきて、臍を噛む思いだ。

「くっそ、メンドくせェ。勝手に好きなだけ落ち込んどけ。それよか嬢ちゃん、ねみーんだわ。ちっと休ませろ」
「え?」
「一時間経ったら起こしてくれ。あー、マジ疲れた」

 泣いている女を目の前に、肩を抱きもしなければ優しい慰めの言葉をかけるわけでもなく、フェリクスは大きな欠伸を一つ零し、我が物顔でソランジュの寝台に倒れ込んだ。ソランジュ一人では余裕のある寝台が、ひどく窮屈そうに見えるから不思議だ。足ははみ出し、体を縮こまらせても全身を納めるのは難しそうだった。
 「無事ならいい」かすかに聞こえた言葉に、目を瞠る。じわ、と、また新たに瞳が膜を張った。
 ――無事ならいい。それはこちらの台詞だ。どんなに遠くに行っても、どれほど危ないところに行っても、お願いだから、無事でいて。今はまだ、振り向いてくれなくてもいいから。無事でいてくれたら、それでいいから。

「……せんせ。あの……」
「あー?」
「……死なないで」
「オイオイ、嬢ちゃん。十番隊がアスクレピオスの隊長サマに向かって、なァに言ってんだ」

 がさつな笑声が愛おしい。
 近いうちに、アスラナは荒れる。それは世界すら巻き込むだろう。
 きっとまた、自分は泣く。
 そのとき、あの大きな体が抱き締めてくれたら、どんな世界だろうと生きていけるに違いない。


+ + +



 深い青を落とし込んだ海の中に、白く、小さな花が咲くのだという。
 アスラナの南の島で見られる景色だそうだ。
 そんな愛らしい光景を模したガラス製の置物を指で弾き、ユーリは懐かしむように目を細めた。

 フェリクスが帰国した。ホーリーで起きた大事件も無事に解決し、シエラ達は事なきを得たのだという。けれど、フェリクスの報告を聞くに、手放しでは喜べない状況だ。
 弱っているのだろうか。自分の采配は正しかったのだろうかと、そんな風に考えてしまう。
 現在のアスラナの宮宰は空位だ。王の代理はいない。自分がいるのだからと、空けたままにしておいた。王国大法官の苦言すら無視をしてきたこの国政が、今まで間違ってきたとは思わない。
 魔導師側が動くのは時間の問題だった。見えていたことだ。ホーリーの継承争いは思いのほか早かったが、残った継承者はアスラナにとって無害ともいえる第三王子だ。ライナ・メイデンも生きている。このままホーリーとの結びつきを強めれば、必然的にエルガートとの繋がりも強くなる。聖三国同盟はより強固なものになり、ベスティアの脅威を跳ねのけるだろう。
 だが、ここに来ての新兵器だ。人間を傷つけることのできる銃弾。ホーテン・ラティエ子飼いの者が所持していたと聞く。ホーリーか、あるいはベスティアか。あんなものを兵器として使用されては、アスラナとて深い傷を負うことになる。魔導師側にもその銃弾は回っているのだとしたら、はたして。
 さらに、ホーリーでの問題を聞きつけた諸侯達が、口を揃えて言った。――王都騎士団総隊長の再考を、と。もう若き竜騎士の看板はいらない。アスラナの地位は聖職者がある限り、揺るがない。まだ彼は若いのだから、総隊長という立場は責任が重すぎるのではないか。今後の情勢を考えると、経験の豊富な人材の方がふさわしいだろう。
 利用するだけ利用したら、あとはもういらないのか。そんな言葉を呑み込むために、ユーリは強く己の拳を握り締めなければならなかった。
 エルクディアは弱いわけではない。実力はある。それこそ、フェリクスやオリヴィエを打ち倒すくらいには、剣技は優れている。
 だが、確かに経験が浅いのも事実だった。
 それゆえに、彼は感情に囚われる。

「置いていかれるのは、嫌だよねぇ」

 かたん。窓辺で小さな音がした。

「君も、そう思うだろう?」

 ユーリの言葉を受け、窓枠に腰かけていた雨涙の魔女が、そっと目を伏せた。


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