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「どーいうこった、え? 嬢ちゃんがそう言ったのか?」
「う、嘘じゃありません! ほんとにそう言ったんですよ、アルオンが!」
「とりあえず開けろや。中にいンだろ」
「いません! いませんってば!!」

 下っ端の十二番隊隊員が阻む薄い扉を、あくまでも軽く蹴り上げる。軽いつもりだったが、填め込まれた擦りガラスは悲鳴のようにびりびりと震えた。

「たいちょーめーれーが聞こえねェか? え? 開けろっつってんだよ、俺ァ」
「それはっ……」
「あまりうちの隊員をいじめないでくれますかな、ブラント隊長」
「隊長!」
「チッ、ウアリか。お前ンとこはあいっかわらずメェメェうるせェな」
「空腹で気が立った熊ほどではありませんよ」
「熊じゃねェよ、大蛇だっつの」

 扉を開けて顔を覗かせたシクレッツァに、若い騎士はこれ幸いとばかりに背中に隠れて医務室へと消えていった。それでも騎士かと野次を飛ばせば、目の前の男がくつくつと笑う。
 実年齢よりも五歳は老けて見えるシクレッツァは、後ろでに扉を閉め、廊下にフェリクスを追い出すようにして体の位置をずらした。しなやかな動きに見えるが、その実、フェリクスの肩に込められた力は強い。

「陛下のもとへはもうすでに?」
「テメェにゃ関係ねェ」
「でしたら、もうあのお話は耳にされましたかな」

 こちらの話などまったく聞いていない様子のシクレッツァが片眼鏡を外し、鍛錬場を見やった。

「……魔導師の二人が逃げたっつー話か?」
「はいな。……おや、その様子ではご存知ない? これは、これは」
「ンだよ、はっきり言いやがれ!」
「声を荒げなさるな。奥の病棟には患者もおるのですぞ」

 柔和な面立ちには似つかわしくない剣呑さで、シクレッツァはフェリクスを睥睨した。

「魔導師二人がこの城から逃げ出した際、それを目撃したのはうちの医官見習いでしてな。ええ、ええ、お察しの通り、そなたさまの探しておられるあの娘ですよ」
「オイ、それって」

 ラヴァリル・ハーネットは、この城を逃げるときに発砲したと聞いた。その弾丸は、魔導師所有のものであるにも関わらず、人を傷つけることのできたものだったとも。ユーリからそう聞いた。けれど、彼は誰が撃たれたかとは言わなかった。「まあ掠り傷程度だったから、傷つける気はなかったんだろうけれどね」青年王は疲れた顔でそう言っていた。そうだ、サイラスは。サイラスはどうしていただろう。おかえりなさいとフェリクスを労い、しきりに騎士館を気にして――そして、結局なにも言わなかった。
 言う必要は、確かにない。一介の医官見習いが、怪我とも呼べない怪我をした。重要なのは傷つけることができる銃弾の方であって、傷つけられた人物ではない。それくらいのことはフェリクスにとて理解できる。理解できるが、そのまま飲み込めるかと問われれば、否だ。

「嬢ちゃんは部屋にいンのか」

 唸り声のようだった。思いがけない低さに、シクレッツァが愉快そうに喉を鳴らす。

「はて。どうでしょうな。ただの医官見習いがそれほど気になりますかな?」
「るっせェ!! テメェの顔見るだけでムカつくんだよ! 邪魔したな!」
「ブラント隊長。教えて差し上げましょうか」

 苛立ちに任せて駆け出そうとしたフェリクスの袖を掴み、にんまりと唇で弧を描いてシクレッツァは言った。

「私(わたくし)は、そなたさまの、その余裕のないお顔が大好物なのですよ」
「死ねっ!!」

 振りかぶった拳はひょいと躱されたが、それ以上を追う時間すら惜しい。舌打ちと汚い罵声だけを残し、フェリクスは足早に騎士館を駆けた。
 本館を抜け、医務室の裏にある棟の廊下をずんずんと進んでいく。擦れ違った医官達が、フェリクスの姿を見るなり慌てて目を反らして端に避けた。どうやら今の自分は相当鬼気迫る顔をしているらしい。
 余裕のないだなどと、シクレッツァに言われなくても自分が一番分かっている。見慣れた廊下。見慣れた扉。何度も子犬を送り届けた部屋が、目の前にある。
 乱暴に扉を叩きかけ、寸前で一呼吸置いて力を弱めた。それでも揺れる扉が力の強さを語っている。

「嬢ちゃん、俺だ。いんなら開けろ」

 返事はない。ぴたりと扉に耳を押し当ててみるが、音は聞こえなかった。
 もう一度、今度は強めに扉を叩く。

「――嬢ちゃん、いんだろ」

 待てど暮らせど返事はない。
 そこで、ふつりとなにかが切れた。

「オイ、とっとと開けねェとこの扉ブチ破んぞ」


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