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「あなたのお名前は?」
「言わない」
「……そうですか。私は、ある方を探しているのです。近くにいると思って気配を追ってはみたのですが、まったく見つからず。本当に困ってしまいます」
興味がない。黙ったままでいるファウストに構わず、ヒナナは続けた。
「あなた、青い髪を持った方を見はしませんでしたか?」
「――蒼い、髪?」
「はい。青くて、長い髪です。もう御一方、探しているのですが、そちらはどのような姿をなさっているのか知りませんので」
どくり。鼓動が跳ね上がる。
「その蒼い髪の人物に、なんの用だ」
「告げねばならないことがあります。そして、神を探してもらわねば」
ヒナナは困ったように笑い、ファウストの足に包帯を巻き終えた。
「神、とは」
「この地に迷い込んだ、蛇神様にございます」
蒼い髪の女。
この世にはたった一人しかいない。
ファウストは思わず唇を舐めた。
――この少女を使えば、悲願を達成できるかもしれない。
「……知っている」
「え?」
「蒼い髪の女。ぼくの世界を壊した女だ」
ヒナナは一瞬大きく目を瞠り、苦く笑った。
「では、お探しして、お叱りせねばいけませんね」
+ + +
けして短くはない船旅を終え、港から馬を走らせてやっと帰ってきた王都クラウディオは、慣れ親しんだ部下の一人だけを迎えに寄越しただけだった。ホーリーであった騒ぎなど知らない国民達は、楽しそうに日常を過ごしている。こんなもんかと一人ごち、フェリクスは隣で馬を歩ませるサイラスに留守中の様子を訊ねた。変わりないという言葉を期待していたのだが、狐によく似た風貌の男は気まずそうに笑い、アスラナ城で起きた事件について語った。
じくりと頭が鈍く痛む。――ああ、まったく。
帰城して、真っ先に飛び込みたい部屋があった。サイラスもそれを感じ取ってか、視線は騎士館へと向いている。だが、さすがにそれをするわけにはいかない。風呂も入りたかったが、汚れたシャツのみを着替え、フェリクスは帰国の報告をしに王の待つ部屋へと赴いた。
銀の髪を揺らすアスラナ王は、どうやら少しやつれたらしい。それでもなんでもないふりをして、青年王は笑った。フェリクスよりも遥かに性能のいい頭は、なにを考えているのだろう。求められていた情報をそのまま伝えれば、彼は苦笑を一つ零しただけで愚痴一つ言わなかった。――聞き分けのいい子供は不気味だ。我慢しすぎると、いつか爆発する。
「じゃあな。失礼しますよっと」
「ああ。お疲れ様、フェリクス。今日と明日はゆっくり休みたまえ。また忙しくなるだろうから」
「……へーへー」
忙しくなるというユーリの言葉は、きっと正しい。
魔導師との関係は悪化の一途を辿っている。どちらにせよ、今のフェリクスにできることは、今後の戦いに備えることだけだ。それがいつ、どんなものになろうとも、アスラナの王がユーリである限りは避けられない。
欠伸を一つ噛み殺し、フェリクスは足早に騎士館を――正確には、騎士館にある医務室を目指した。怪我などどこもしていないし、体調が悪いわけでもない。けれど、あそこに行かなければ、帰ってきた気がしないのだ。
「はァ? 会いたくねェだ?」
騎士館にある医務室は、医官と十二番隊キャプリコーンの騎士達が常駐している。この十二番隊とフェリクスの率いる十番隊の仲の悪さはアスラナ城で知らぬ者はないほどで、特に隊長同士の関係は最悪だった。フェリクスとて、部下の腕がもげただとか、腸が飛び出たなどという特別な用がない限り、こんなところには来たくない。だのに足を運んだ理由は、いつまで経っても、あの子犬が駆け寄ってこないからだ。
目に入るだけで苛立ちを覚える白隊服を前に、フェリクスはどこの野盗かという風体で声を荒げた。