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 霞の中、剣を交えたという相手の年の頃はエルクディアと同じか少し下。
 銀かと見紛う灰色の短髪に、冷たく整った顔立ちが印象的な男だった。細い青銀色の縁をした眼鏡の奥で光る紫水晶の双眸は、怨嗟を感じさせるほど凍てついている。
 周囲を兵士や騎士に囲まれている状況でもなお毅然とした態度で腕を組む男の隣では、赤葡萄酒色《ワインレッド》の制服に身を包んだ女がしゅんと項垂れていた。
 本日の侵入者五名のうち、二名は騒ぎが終わったときには既に事切れていた。
 一人は重症で、現在地下牢脇にある罪人用の処置室で治療と尋問を平行して受けているところだろう。
 そして残る二人が、目の前にいる彼らだった。

「じゃあ説明してもらおうか。なぜリヴァース学園の人間が、この城を襲撃したのかを」

 エルクディアの低い声音に女がうっと言葉を詰まらせる。彼女は翠玉の瞳をエルクディア、ユーリ、シエラ、そしてライナの順に向け、最後に隣の青年へと流した。
 どうしよう、という心底困ったような呟きを聞かされて青年が眉を寄せる。

「……襲撃じゃない。ここの馬鹿と、さっきのクズ共が引き起こした事故だ。原因はこいつの魔術が暴走したことによる転移装置の空中爆発。それによってこの城に穴を開けるハメになった」

 淡々と語る口調に悪びれた風はない。むしろ自分は関係ないとでも言いたげな雰囲気だ。
 すぐに大広間から避難したシエラには中でなにが起きていたのかまったく分からなかったが、この部屋――大広間からは大分離れたところにある――にやってきたエルクディアの裂けた軍服と腹部に走る赤い線を見てぞっとした。
 だが今、彼にその傷をつけた男は憮然とした様子で瞼を落としている。
 青年の灰色の髪から少しだけ覗く血色の髪が、さらなる冷徹さを表しているかのように見えた。
 シエラを守るように前に立つライナが、ぐっと拳を握り締める。

「随分と勝手な言い分ですね。そのような説明で納得するとでもお思いですか? 王城を破壊し侵入、陛下や神の後継者、他の方々の命までもを危険に晒しました。それが許されるとでも?」
「それがどうした。キサマに俺達を断罪する権利がどこにある?」
「……っ!」

 ライナの顔が怒りと羞恥で赤く染まる。反駁しようと口を開いた彼女を、微笑を浮かべたユーリが手で制した。
 極上の笑顔であるはずなのに、その背後からは薄ら寒いものを感じて彼女は口を閉ざす。アールグレイの瞳は青年をきつく睨み据えたままだった。
 そこでシエラが気づいた。
 先ほどの青年の発言により、その場にいた兵士、騎士全員がいつでも剣を抜ける体勢をとっているのだと。
 すぐ傍らにいるエルクディアも、険しい表情でしっかりと柄に手をかけている。
 ユーリは椅子から立ち上がると、質素な木の椅子に座らされている二人にゆっくりと近づく。えもいわれぬ緊張感がその場を満たした。

「君の言うとおり、確かにライナ嬢には君達を裁く権利はない。……だけどね、このアスラナ王にはその権利があるんだよ」

 ひゅっと風が鳴き、勢いよくユーリの聖杖が振り上げられた。それは瞬きさえ許さない速さで青年の首ぎりぎりに据えられたが、彼は睫一本たりとも動かさなかった。
 ユーリの秀麗な顔から表情が消える。

「今すぐこの首を切り落とし、リヴァース学園に軍を派遣してもいいんだよ? そちらのお嬢さんには悪いけど、これは魔導師側の反乱としか思えないのでね」
「あっ、ち、違うんです! あの、あたし達はほんっとーにそんな気なくって! えっと、理事長のご命令でその……」

 まごつきながら弁解する女は、まだ少女のような面差しをしていた。
 わたわたとしどろもどろになりながら零す言葉を拾い上げていくのだが、これっぽっちも話が見えてこない。
 山だの大砲だの爆発だの、本当に意味の分からない単語が列挙されるのだ。一を聞いて十どころか百を知るユーリでさえ、その支離滅裂な話にはお手上げだった。
 彼でさえそれなのだから、魔導師というもの自体理解していないシエラにしてみれば「分からない」どころではない。そのことを感じ取ったのか、ライナがそっと耳打ちしてくれた。鈴を転がすような声音はまだ硬いままだ。

「魔導師というのは、聖なる力を持たずして魔物を倒す者達をいいます。魔導師育成機関で最大を誇るのが彼らの言うリヴァース学園。この国の魔導師の八割はそこの人間です」

 魔を死に導く者――それが魔導師だ。
 魂の浄化を行うことなく魔を屠れば、その魂は二度と輪廻に加わることができない。
 彼らが会得して使う特殊な術を『魔術』などと皮肉るなど、様々な点から聖職者側とは意見の相違が生じ、昔から対立関係にあった。
 そして聖職者の方が魔導師より勝るという暗黙の了解が世間に広まっているということも、両者の対立に拍車をかけてきた。
 魔導師の多くは聖職者に敵意を抱いている。もちろんその逆も――割合は格段に少なくなるが――同じことが言えた。
 神に選ばれ、元より授かった力。もう片方は、なんらかの事情により魔物を倒したいと強く望み、己の努力によって得た力。――おそらく対立の理由はそこにもあるのだろう。
 聖職者として努力なしではいられない。それをきちんと理解しているものは、一般人も含めてごく少数だ。
 ならば彼女達は、一体どちら側の人間なのだろう。

「…………もういい、ハーネット。俺が話す」
「はう……ごめんね、リース」

 リースと呼ばれた青年が眼鏡を押し上げ、視線をユーリに定めた。彼の首には未だ聖杖がぴたりと宛がわれている。
 しかし恐れた様子などは微塵も見受けられない。

「俺達二人――リース・シャイリーおよびラヴァリル・ハーネットに本学園理事長より命が下された。内容はそこにいる神の後継者の護衛だ。このような事態になったのは先ほども言ったように、ハーネットの力が暴走したのが原因だ。山奥の転移装置に乗り込んだところ、山賊の寝床になっていたようでやむを得ず戦った」
「そしたらあたしがこう……ドッカーン! とやっちゃって。ちょーどこのお城の上で爆発しちゃったんです。あたし、ほんっとに力の制御苦手で……」
「まあ確かにこちらにも非があったことは認める。だが、訪問自体は事前に知らされていたはずだ。三日以内に返信を望んでいたしな。それなのに頭からの罪人扱い……名誉毀損じゃないか?」

 手紙という単語にユーリが小さく首を傾げ、エルクディアを見た。だが彼は首を横に振る。
 それはライナも同じことで、彼らが知らないことをシエラが知っているはずもなく、当然のように首を振る。

「そうは言われてもねぇ……私は手紙なんて受け取っていないのだけどね。ああ、女性からの恋文は別だが」
「ユーリ?」「陛下?」

 怒りを抑えた声が背に叩きつけられ、ユーリは苦笑した。
 ちらと視線だけで振り向けば、エルクディアが鞘から刃を覗かせ、ライナが腰紐をぴんと張り詰めている。
 ああ怖い、と歌うように言った青年王は、ようやっと聖杖を下げた。
 その所作にほっとしているラヴァリルを見て、ほんの少しだが微笑ましい気持ちになる。



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