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「その辺りは僕にもよく分からないんだけど、でもね、古い文献をあさってたら『官ノ長、神ナル器ノミ、コレヲ許ス』って書いてあったんだ。神なる器って、そういうことだよね?」
「確かに、そう考えられますけれど……」

 でも、と言いかけたライナに、シルディは苦笑した。

「ここの神殿にいる巫女さんってね、素性がはっきりした人しかいないんだ。巫女の家系みたいなものがあるんだって。でも、蓼巫女は違う。彼女はどこの誰か分からない。名前だって分からない。ああ、ゴルドーさんはさすがに知ってるんだろうけど。素性の知れない彼女が巫女として確かな立場にいるっていうのは、たぶん、そういうことなんだと思う」
「ライナ、その、神告げとか神降ろしって、そんなにすごいことなのか?」

 小声で問うたエルクディアに、ライナは呆れ眼で応えた。

「すごいなんてものじゃありません。行われた神告げが真実だとしたら、その言葉に抗うことは神に抗うことと同意です。さらに神降ろしですが、神をその身に入れるということは、一時とはいえ、神になるのと同意なんです。神がそこにいる。抗いようのない力が、目の前にあるんです。人の身で耐えられる衝撃とは思えません」

 溢れ出る神気に身がもたない。その感覚ならば、エルクディアにも理解できる気がした。魔物と対峙した際、膨れ上がったシエラの神気がちりちりと肌を焼いた感触を覚えている。あれを数倍にしたものだと思えば、確かにただでは済まなさそうだ。
 だが問題は、そのすごさよりも、それが行われたという事実にある。

「……こんな天気、初めてだよ。このままじゃ水路が氾濫して、街が沈む。水門は閉じたし、大急ぎで土嚢を積んでるけど、この雨がこれ以上続くとそれもいつまでもつか分からない」
「つまり、王子はこの天候が、ルタンシーン神と関係しているとお考えなのですか?」
「うん。それに、蓼巫女が倒れたのは、ルタンシーン様の影響だと思う。こんなに急な嵐、神様じゃなきゃ起こせないよ」

 叩きつける雨音を聞きながら零した言葉は、あまりに重く――どこか、苦々しかった。


+ + +



 ――じゃあ僕らは、これでずぅっといっしょだね。
 今でも、あの声が消えてくれない。


+ + +



 びりびりと鼓膜を震わせる怒声と神気に、シエラは完全に身を竦ませていた。棺のような神台の上で片胡坐を掻き、こめかみに青筋を浮かべて激高を露わにする女性は、蓼の巫女であってそうではない。蓼の巫女の体に降りたディルートの守り神ルタンシーンは、神台に溜められた聖水を荒々しく波立たせ、シエラに雫を浴びせた。
 呼吸が乱れる。なにをされたわけでもない。ただそこに神がいるだけだ。それなのに、これほどまで体の自由が利かなくなるとは思わなかった。

「いいか、我が神域が穢された! 挙句、このホーリーに、我が地に! 忌々しい蛇神が来おった。ご丁寧に三叉槍を破壊しくさってな! これがいかなことか、人の子風情に理解できるか? できんだろうとも!」

 ルタンシーンはシエラの顎を掬い、ぐっと顔を近づけて吐き捨てた。

「さらに、貴様は姫神の分際で、俺に挨拶一つ寄越さない。この神殿は紹介されなんだか? え?」
「それは」
「されたはずだ、俺がこの巫女に告げたのだから! それでもお前は来なかった。礼儀知らずの小娘が! 創世神の愛子(まなご)と聞いて図に乗ったか!」

 肩を突き飛ばされ、シエラはよろよろと後退して尻もちをついた。膝に力が入らない。恐怖で指先が震えている。怒りの感情そのものよりも、発せられる気迫が恐ろしい。
 ルタンシーンはちらとゴルドーに視線を投げ、薄く笑んだ。


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