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 ロルケイト城の城門が見えてくると、レンツォは大きく手を振って門兵に合図を送った。それを受けて、滑車が大きく音を立てながら動き、跳ね橋が下ろされる。
 
「魔物がこの世に……特にアスラナの地にはびこる限り、上層の者達はある程度歯を食いしばるでしょう。もしもアスラナ城から結界が消えれば、真っ先に魔物に狙われるのは自分達ですからね。そして末端の民達は歓喜する。良政と讃え、それを疑わない」

 アスラナは特殊だ。だから、今の政治が当たり前のように通じる。けれど実際は、特権階級組の子供達が口にしたような思いを、かの国の高層に位置する者は抱いていることだろう。
 そして、特殊ではないこの国で同じことをすれば――。

「……レンツォって、どこまでいってもレンツォだよね」
「するとあなたは、どこまでかいくと、シルディ王子ではなくなるので?」
「もう、すぐそういうこと言う……」
「あなたが馬鹿なことを仰るからですよ」

 馬鹿にしたように、レンツォが小さく笑う。揺れて不安定な跳ね橋を渡る際、当たり前のように支えの手を出されていることに、シルディは初めて気がついた。
 これではまるで姫君みたいだが、今更断るのも不自然なのでそのまま手を重ねる。甘やかされてるなあ、とひっそり胸中で呟く。

「馬鹿なことは仰いますし、まだまだあまっちょろいお子様ですが。あなたは、あなたの好きなようにお進みなさい。綺麗な政治がしたいなら、そうなさい。それができるように動くのが、私の仕事です」
「レンツォ……」

 遠慮も容赦もなくて、変人で、なおかつ幼女趣味の疑いまで出てきた優秀な従者の言葉に、シルディは思わず目の奥を熱くさせた。
 ぐっと唇を噛んで、込み上げてくるものを誤魔化すようにへらへらと笑う。

「で、でもさ。レンツォだって綺麗で優しいこと、するよね。さっきのお菓子だって、自分で買ったのに気前よくあげちゃったし!」
「ああ、あれですか」

 シルディの手を引く力が、ほんの少しだけ強くなった。門をくぐるとそれも離され、小走りでレンツォの横に並ぶ。
 見上げたレンツォの口端が意地悪く吊り上がっているのを見てしまい、一気に嫌な予感が沸き上がってきた。

「ああしておけば、民に印象がよくなるでしょう。親にも話がいけば、我々の評価は鰻登り。市井にやってきては子供達と交流するだなんて、なんていい王子様なんでしょうーというわけです。あんなことがあったあとですからね。あなたの株はどこまでも上げておかないと」
「…………そ、そっか」
「ちなみに菓子代は私の財布からではなく、あなたの机の中から失敬しました。これも必要経費と思って我慢なさい」
「え? ちょっ、えええええええええええええええ!?」

 シルディを引き寄せて、レンツォは薄く笑う。青空に薔薇色の髪をなびかせて、ひどく楽しそうにシルディの鼻の頭を一噛みした。

「王子。どうか、ホーリーにとって正しい道をお選び下さい」

 「私にとって」とも、「あなたにとって」とも言わず、レンツォはただ「ホーリーのため」を望んだ。
 だから約束せざるを得ない。我儘は言えない。
 シルディもまた、美しいこの国を愛しているからだ。

「ホーリー王国第三王子、シルディ・ラティエ。この聖なる国を守ることを、約束しよう」

 くたくたになった体で、臣下へ向けた礼を取る。ベスティアにも、プルーアスにも負けない。何者にも侵させやしない。たとえそれが、あのアスラナだろうと。
 この国が、シルディの誇りである限り。



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