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きゃっきゃとはしゃぎながら、庶民組は蓋を開けて自由に分け合っている。それを見て、唖然としていた特権階級組の子供達がむくれだした。
「……ずるい」
「なぜ? あなた達にはお金があるでしょう。それでたくさんのお菓子が買えますよ」
「でもっ、あっちはタダだもん! なんであたしたちはお金払わなきゃだめなの!?」
「そーだそーだ! それに、あんないーっぱいもらえてずりぃ!」
庶民組は手のひらいっぱいに分けても、まだ半分以上残っている瓶の中を見て幸せそうだ。誰も特権階級組の不満には耳を貸そうとせず、菓子に夢中になってしまっている。
一人がシルディにもと、小さな手に目一杯掴み取った砂糖菓子を持ってきた。シルディの手に乗ると随分少なくなったように感じてしまうけれど、彼はその重さに腕が抜けそうな錯覚を覚えた。
――もう、いい。もう分かったから。
けれどレンツォは、シルディになど見向きもしない。
「いっぱいもらえているあなた達がずるいから、あっちが不満を抱いた。そして、あなた達はそんな彼らを“不公平で可哀想”だと言ったから、支援してあげたんですよ。それのどこに問題が?」
「あたし達も、もっといーっぱいほしいの!」
「おれらの方がとっけんかいきゅーでえらいんだから、とーぜんだろ!!」
「えらい方にたっくさんくれるのがじょーしきじゃんか、いじわる!」
「あっちのがほしいー!」
ぎゅっと銅貨を握り締め、特権階級組が次々に文句をぶつけていく。その傍らで、庶民組がレンツォはいい人だと語る。
正直言って、これ以上は限界だった。
「……はい、というわけで」
あまりの苦しさに俯きかけたそのとき、レンツォがぱんっと大きく手を打って子供達の注目を集める。その表情はいつもの無愛想なそれに戻っていて、ついさっきのあの笑顔が嘘のようだった。
つかつかと庶民組の元にやってきたレンツォは問答無用で瓶を取り上げ、長椅子にどんっと二つ並べて子供達を威圧的に見下ろした。
びくり。傍らの少女が体を震わせる。
「これで階級ごっこは終わりです。たった今から、あなた達はみーんな同じ立場のクソガ――子供達に戻ります。さっき渡したお金は没収。ほら、返しなさい」
一人一人確実に徴収し終わると、レンツォはおもしろくなさそうに瓶を弾いた。
「では、これはあなた達への贈り物です。いいですか、みんなで平等に分けなさい。できることなら、あなた達の兄弟や両親にも分けてあげなさい。もう特権階級も庶民も関係ないことを、けっして忘れないように」
「い、いーのー!?」
「ほんとに!?」
「うそだったらぶっとばすからな、へんたいれんつぉ!」
「レンツォさんだいすきー!」
現金な子供達は、途端に笑顔になってレンツォにまとわりつく。大きな二つの瓶に入った砂糖菓子を、自分と家族の分をきちんと考えて、全員で分け合う様はなんとも微笑ましい。
レンツォは最後にもう一度だけ、特権階級組に入れていた少女の頭を撫でて、少し離れたところで傍観していたシルディの元にやってきた。
「よかったねえ」と子供達に声をかける大人達が、去りゆくシルディとレンツォに深々と頭を下げる。
「――さて。分かって下さいましたか?」
「…………嫌というほどに」
城に帰る足取りが重い。
「子供は欲に正直です。そして、その子供と同じことを主張する大人は、少なくはない。悪い噂の立たない、国民思いの“いい政治”に、末端までよく目を凝らした“優しい政治”。とっても綺麗な政治です」
「ですが」とレンツォは、海風に煽られて乱れた髪を押さえながら言った。
「綺麗なだけの政治など、できるはずもありません。人間は欲深い。特別な階級だからこそ、元来他の人々よりも優れた暮らしをしているからこそ、下層の人間に手が差し伸べられると、自分達にもさらなる恩恵をと望む。それが国単位になると、どうなるかは想像できますよね?」
「……うん。やがて内側から崩壊するね。……下層の人々を排除しようとする動きが、出てくるかもしれない」
「あの国がそうなっていないのは、国王が最高祓魔師だからですよ。彼を批判して、中央の強固な結界を解除されてしまったら? 優秀な祓魔師の派遣をやめてしまったら? すぐさま次の最高祓魔師を王にしたところで、現王以上の力の持ち主だとは限らない。むしろその可能性は、限りなくゼロに近い」