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残る子供達は彼らの前に、シルディと一緒に立ちっぱなしだ。いったいなにをするつもりなのかとシルディのように訝る子はおらず、誰も彼もが瓶の中の砂糖菓子に釘付けになっている。
「それではガキ共――ああいや、みなさん。このお金を一人一枚ずつ取りなさい。特権階級の人達は、一人五枚です」
「あれ? レンツォ、それ本物の銅貨じゃあ……」
「それがなにか?」
あまり銅貨と縁がない子供達は、まるで宝物を受け取るように銅貨を両手で包み込むようにしている。一人五枚と一人一枚の差に不満を漏らしたのは、一般庶民組の中でも、一番年かさの少年だった。
レンツォはその不平を視線で黙らせ、最終兵器である砂糖菓子の瓶を揺らして全員の口を閉じさせる。
「このお菓子は、十粒銅貨一枚の値段です。つまり、食べたければ今手渡した銅貨で私から買いなさい」
「ちょっ、それはいくらなんでも高すぎるんじゃないかなあ……!」
「王子は黙ってなさい。お前達も静かに。……で、まあ、それではあまりなので、特権階級の人達には最初に十粒、一般庶民の人達には二粒ずつあげましょう」
「ええーー! なんだよそれっ、ふこーへいじゃん!」
「そーだそーだ、いじわるれんつぉー!」
「へんたーい!」
「黙れクソガキ共。――ああいえ、お黙りなさい子供達。仕方ないでしょう、特権階級は“特別な立場で偉い人”なんですから。ね?」
隣の少女の頭を撫でながら、レンツォが四人に問いかける。彼らは皆笑顔で大きく頷き、砂糖菓子がより多くもらえる喜びと優越感に、大変機嫌良さそうだった。
一方腑に落ちないのが庶民組だ。むくれてしまい、レンツォとその隣の子供達を、じとりと睨むように見つめている。
「もっと欲しければ、そのお金で買いなさい。それに、買わなくてもゼロではなく、ちゃんともらえるでしょう。それとも“なにももらえない”設定の方がいいですか?」
そう言われてしまえば、庶民組の子供達は黙るより他に仕方がない。さすがに空気の悪さを不安に思ったのか、特権階級組もそわそわとし始めた。
今口を挟んだところで、レンツォはシルディの言葉などあっさり無視してしまうだろう。黙って見ていろと全身で語られ、思うところがあるにせよ、シルディはおとなしく傍観を決め込むことにした。
無愛想な表情のまま、レンツォは先ほど言った数ぴったりの砂糖菓子を子供達に配っていく。手のひらにたくさんの砂糖菓子を乗せた特権階級組は、居心地の悪さをすっかり忘れて喜んだ。
一方、たった二粒しかもらえなかった多数の庶民組は、どこかふてくされて手のひらを眺めている。
「ほら、さっさとお食べなさい」
そう言われて、さっさと食べ終わったのはもちろん庶民組だ。一瞬で終わってしまった甘さに、見るからに不満そうだ。対して特権階級組の手のひらには、まだたくさんの星が散らばっているのだから、ふてくされるなと言う方が酷だった。
庶民組の中で一番年かさの少年が、またしてもレンツォに食ってかかる。
「買えばいいってゆーけど、最初にもらったお金だって俺らのが少ないんだから、ぜったいにこっちのがふこーへいだ! とっけんかいきゅーの奴らなんか、なんもしてねーのに!!」
年下の子供達が、そうだそうだと小声で賛同する。真っ向からレンツォとやり合うには、相当勇気がいるらしい。
きっと、彼らは気がついていない。その言葉が、大人達がぽつりと漏らす不平不満と、まったく同じだということに。
ただのごっこ遊びだ。けれど微笑ましく見守っていた大人達は、そんな事情を知らない。広場中に響いたその声と内容に、誰もが目を丸くさせて注目した。
がなる子供を、レンツォは冷ややかに上から見下ろす。その冷たさにも負けず、少年は不満を唱え続けた。
「とっけんかいきゅーなんて、お前が勝手に決めたんじゃないか! 俺らにはなんの違いもないのに!」
あんなとんでもないことを叫ぶのは誰の子だ。ざわめく大人達を制したのは、レンツォが見せた極上の微笑だった。
ふわり。慈悲を讃えた柔らかく優しい笑みに、大人も子供も一瞬にして言葉を失う。それはシルディも例外ではない。レンツォのこれほどまでに綺麗な笑顔は、初めてだった。
「ええ、そうですね。最初に与えられたお菓子も少なく、持っているお金も少ないのでは、不公平で可哀想です。ですね?」
急に問われ、特権階級組の子供達は半ば呆然としたまま、こくこくと頷いた。
「――というわけですので、では」
足下に置いていた紙袋から、よっこいしょとなにかを取り出す。レンツォが手にしたのは、今まで子供達に見せていた瓶よりも、一回り以上大きな瓶だった。無論、その中には同じように、色とりどりの星形の砂糖菓子がぎっしりと詰まっている。
それをずいっと少年の前に突き出して、彼は朗らかに笑った。
「あなた達には、この一瓶丸ごと差し上げましょう。ただし、これはあなた達全員で分けなさい」
え、とも、あ、ともつかない声を漏らして、少年が重たい砂糖菓子の瓶を受け取る。当然よろめいて尻餅をついたが、年下の子供達の嬉しそうな声に状況を把握したのか、満面の笑みでそれを抱き締めた。