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「やっと終わった……!」
「お疲れ様です。はいこれ。次の書類です」
「デスヨネー」
乾いた声で笑ったシルディは、硬く凝り固まった肩をぐるぐる回して書類と向き直った。ここ数日、まともに眠った記憶がない。自分ですらそうなのだから、レンツォに至ってはほぼ徹夜状態が続いていることだろう。
ディルートと王都テティスの往復に加え、ツウィやタルネットにも足を運ばなければいけないのだから、予定が分刻みで動いている。覚悟の上とはいえ、さすがにこの忙しさは予想外だ。気を抜けば弱音が口を突いて出そうで、シルディはきゅっと唇を噛み締めた。
「あれ、レンツォ。これ、僕用の書類じゃないよ。レンツォのじゃない?」
「え? ああ、そうですね。大変失礼をいたしました」
アスラナと書かれていたから、なにか国交に関する書類なのだろうか。シルディは休憩がてらペンを遊ばせて、アスラナから来た客人達のことを思い浮かべた。
聖職者が国の頂点に立つ特殊な政治形態を持つあの国は、目覚ましい発展を遂げて現在も立ち回っている。「すごいよねえ」そう零すと、レンツォは嘲るように言った。
「あの若さであそこまで立ち回れるのは、確かにすごいことですね。昔はおままごとの延長だなんだとよく言われていましたよ」
「んー、とはいえ、やっぱりアスラナの政治に関して悪い噂は聞かないね。国民のことを考えた、隅々まで見通す政治。土地の整備がされていなかったり、物資の流通が盛んでない地方には特別に手当を送る体制は、元は平民の出であるユーリ陛下ならではの配慮。……貧困層に配慮した政(まつりごと)に、悪い印象なんてつきようがないと思うけどなあ」
それでもアスラナ王国は内側からひびが入り始めると主張するレンツォに、恐る恐るシルディが進言する。
このまま疑問を抱いたまま、「ハイそうですか」と頷いてしまわないのがシルディだ。どれほどぽえぽえしていようとも、王族として発言することの重要さを叩き込まれている。むしろ、発言しないことによって生じる不利益と言った方が正しいのかもしれないが。
レンツォは呆れ眼でシルディを見、問答無用でその後ろ首をひっつかんだ。
「え? え、えっ!? ちょっ、レンツォ苦しい! でもって痛いっ! なに、どこいくの!?」
「いいから黙ってついてきなさいぽえぽえ王子。あなたという人は……ああもう、ほんっとうに馬鹿ですね」
「……で、なんで広場なの? それにこんなものまで」
こういうのって、普通従者が持つんじゃないかなあ。
重たい荷物を抱きながらぼやいてみるが、自分とレンツォの主従関係など、普通の枠に収まるわけがないので初めから気にしていない。むしろ「王子にこのようなものをお持たせするわけにはいきません」などと言われた日には、そのまま彼の額に手を当ててしまいそうだ。
忙しいのに城を抜けてきて、レンツォはなにをするつもりなのだろう。
やってきた広場の中央には人魚と天使の像を囲むように水辺が置かれ、子供達が周りではしゃぎ回っている。長椅子(ベンチ)に腰掛ける大人や老人達は、ぽかぽかとした陽気と子供達の楽しそうな声を聞いて穏やかに笑みを浮かべていた。
長身で、それなりに見た目も評価されるレンツォの隣に平々凡々のシルディが荷物を抱えて並んでいると、どちらが王子だか分からなくなる。青空に映える薔薇色の髪を見つけて、子供達の誰かがわっと歓声を上げた。
「れんつぉだ! いじわるまじんめっ、また来たな!!」
「おーい、変人がきたぞー!」
「へんじんへんじん!」
「ろりこんがきたぞー!!」
「あっ、おーじもいっしょー!!」
一人が叫ぶと、連鎖反応で輪が広がっていく。たちまち複数人の子供に取り囲まれ、シルディはなんとも言えない表情でレンツォを見上げた。