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 ルチアは早く見つけてほしいとねだるが、見つかれば彼は処刑される運命にある。周りの大人は誰もそれを言わなかった。ルチアが傷つき、泣いたとき――その涙は、彼女の意思一つで猛毒になるからだ。

「ええ、まだ。心配ですか?」
「……うん。だってね、にーさま、ずっと言ってたんだよぉ? ひとりは怖いって。だから、……だから、ホーテンさまとルチアと、三人でずぅっと一緒にいるんだって。……ホーテンさまが拾ってくれてから、ずぅっと、そう言ってたの」

 耐え切れなくなったのか、フェリクスが部屋を出ていった。どうせなら、肩を竦めるクロードも一緒に出て行ってくれないかと思ったのだが、彼は席を立つ様子を見せない。
 レンツォとルチアの関係を知る二人の女性は互いに目を伏せ、痛みを払うように首を振った。

「ルチアね、ホーテンさまもベラリオさまも、嫌いじゃなかったんだよ? でも、でもね、ホーテンさまはルチア達を一番最初に拾ってくれたけど、バケモノが欲しいだけなんだって気づいたら、少しさみしかった。にーさまだって絶対、ぜーったいさみしかったんだよ! だから、嫌われたくなくって、ベラリオさまのとこに行ったんだと思う」
「それでどうして、お嬢さんは秘書官さんの味方をしたのかな?」
「だって、レンツォはルチアを見てくれたから」

 何度も聞かされたむず痒い台詞に、頭を撫でる手が一瞬止まった。

「レンツォはね、ホーテンさまのとこで会ったの。それでね、ルチアねっ」
「ルチア、お黙りなさい。あまり語って聞かせるものでもありません」

 「なんで?」と瞳が瞬く仕草に合わせるように、扉がやや乱暴に叩かれた。頑丈な門扉はその程度で軋むものではないが、音からして相手は相当焦っているらしい。またなにか事件でもあったのかと身構えていると、重い扉を全身で押し開けるようにして滑り込んできた文官の女が、レンツォやミシェラフィオールには目もくれずにクロードの元へ駆け寄った。
 額に汗を浮かべて何事かを伝えられたクロードの表情が、ほんの一瞬驚きに染まった。なにがあったのか知らないが、小気味のいい展開だ。

「すみません、ちょっとオレはここで失礼させてもらおうかな。二の姫様、どうかご無礼をお許しくださいますよう」
「ああ、いいよ。なにか急ぎなんだろうしね。そこのあんた、走ってきたなら喉が渇いたろ? お茶、飲んでいく?」

 滅相もないと深く頭を下げ、彼女はクロードのあとを追うように小走りで出ていった。
 このまま帰国するのだろうか。だとすれば、あの熊男も一緒に連れ帰ってくれればいいものを。

「なにかありそうだったわね。アスラナに動きあり、かしら」
「楽しそうだな、リオン。あそこになにかあったら面倒なだけだろ」
「楽しそうだなんて、そんな。ミシェル様こそ、お顔が緩んでらっしゃいます」
「そう?」

 くすくすと笑い合う女性二人を見上げて、ルチアは一人きょとんと首を傾げていた。そうしていれば、本当にただの子供だ。無垢で、無邪気で、まっさらな土台を持っている。
 記憶にある勝気な瞳が頼りなさげに揺れているのを見て、レンツォはなんとも言えない気持ちが胸に渦巻くのを感じた。闇色の瞳が縋るように見つめてくる。そこに色気はない。ともすれば泣き出す寸前の子供に見上げられているだけだ。

「おいで、ルチア」

 数歩分離れたところにいたルチアを手招いて、細い腰を掴んで膝の上に抱き上げてやる。向かい合わせで座れば、途端に少女の表情が安堵で和らいだ。
 甘えた子犬のような声で擦り寄ってきた小さな体を抱き締めてやると、背中に回りきらない腕にぎゅっと力が込められた。

「ねーえ、レンツォ。ルチアね、またにーさまと会える?」
「探していますから、いつかは必ず会えますよ」
「じゃあ、エルクもシエラも、またルチアと遊んでくれると思う?」

 顔を歪めたのはミシェラフィオールだった。

「さて、どうでしょう。ところでルチア、騎士長とはどんな風に遊んだんです?」
「えっとぉ……、ちゅーでしょ、あと気持ちいいこと!」
「おや、それは実に羨ましい」

 今度はリオンが眉根を寄せた。

「ほんとっ!? じゃあじゃあ、レンツォもルチアと気持ちいいことする? あのねっ、ルチアね、ベラリオさまにもたっくさん褒められたんだよ! だからレンツォもシよ!」
「そうですね、ではあと十年……十五年したら、お相手願いましょうか。そのときまで私が現役であればの話ですが」
「……なんでぇ? なんで今はしないの?」

 「ルチアね、レンツォにならいじめられても平気だよ」などと笑顔で言ってのける少女の額に、祈るように口づける。神に祈る習慣なぞ持ち合わせていないが、強いて言うなら、彼女自身に祈りを捧げた。
 首に腕を回して口づけをねだるルチアの唇に指を押し当てれば、すかさず赤い舌が追いかけてくる。瞬時に放たれる色香は、その場にいる二人の成人女性をも圧倒してしまいそうだった。


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